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その死に誰が寄り添うか

2015/05/18
東徹

 もう第5回となりました。ただしこれだけは毎度書いておきますが、これから何の話をしようとしているかを理解していただくために、ご面倒でも第1回「死は希望だ」をご一読くださいませ。

高橋さんの統合失調症は遺伝因子?環境因子?
 さて、今回は高橋さん(仮名、享年75歳男性)のお話です。高橋さんは高校卒業後、就職し営業職をしていました。会社には寮があり、そこに入っていました。その寮の仲間と、夜ごと飲み歩いたり麻雀にうち興じたりしていたそうです。その中でも特に仲の良い先輩、後輩が一人ずつおられたようです。

 しかし30歳の頃、高橋さんは統合失調症を発症します。株の投資をしていたそうですが、バブルが崩壊して行き詰まったことがきっかけではないかと考えられました。統合失調症の発症には、おおざっぱに言って、遺伝因子が半分、環境因子が半分と言われています。ほぼ同じ遺伝子を有すると考えられる一卵性双生児で見ると、発症一致率がだいたい50%なのです。一方、全く同じ遺伝子でも発症するかは半々ともいえます。

 では高橋さんはどうだったかということですが、お兄さんも統合失調症で入院歴がありました。ですから遺伝的な要素もかなりあったと思われます。そのような背景に、バブル崩壊という環境因子が重なり発症に至った。というとそれらしい感じがしますが、本当のところは誰にも分かりません。もっと医学が進歩すれば分かるようになるのかもしれませんが、現状ではなんとなくこうかな、という推測しかできないのです。

自殺企図のある精神疾患患者への癌告知をどうするか
 高橋さんの症状は、自分への悪口などの幻聴や、何者からか襲われるのではないかという被害妄想でした。統合失調症の典型的な症状と言えます。幻覚妄想があると攻撃的になる方もいますが(身を守るためでしょうか)、苦しくて死んでしまいたくなる方もいます。高橋さんは何度か自殺企図があり、首吊りをしようとしたり、電車への飛び込みを図ったりしたこともありました。精神疾患で自殺と言えばうつ病という印象が強いかもしれませんが、統合失調症も自殺率は高いのです。WHOは、統合失調症の4~10%の方が自殺で亡くなると報告しています。

 そのような症状のため入退院を繰り返していましたが、徐々に病状が進み、長期入院となってしまいました。残遺型統合失調症という言い方をしますが(最新の診断基準ではこの診断名はなくなりましたが、非常によく特徴を捉えた名称だと思います)、統合失調症に長期罹患すると幻覚妄想といった陽性症状、つまり派手な症状は少なくなります。代わりに、意欲低下や認知機能低下といった陰性症状が前景に立つようになります。前回も書きましたが、昔は統合失調症は早発痴呆と呼ばれていました。そういう意味でも、統合失調症の中核は陽性症状ではなく陰性症状だという意見もあります。残遺型というのは、陽性症状は目立たなくなって派手さはなくなったが陰性症状が残った、というイメージでしょうか。

 長期入院で高齢になってくると、当然いろいろな病気が合併する率も高くなります。高橋さんは72歳の時に大腸癌が見つかりました。転院して手術を行い、いったんは取りきったと思われました。しかし2年後、肝臓と肺に多発転移が見つかりました。

 その時、再発に関しては告知されませんでした。残遺型に移行していたとはいえ、以前は自殺企図を繰り返していた方です。動揺して症状が再燃する恐れがあるのではないかとの判断で告知は見送られていました。

著者プロフィール

東徹(いわくら病院[精神科単科病院])●ひがしとおる氏。2006年京都大学医学部卒。高知医療センターでの初期研修を経て、京都大学医学部付属病院、大阪赤十字病院精神神経科に勤務。2012年より現職。

連載の紹介

その死に誰が寄り添うか-精神科単科病院にて
精神科単科病院の「身体合併症病棟」。ここがどのような場所で、どのような人がどう生き、そして死んでいくのか。知られざる実態を、長期入院の末に亡くなった方々の実例を元に、一部改変してご紹介します。
『精神科病院で人生を終えるということ − その死に誰が寄り添うか』好評発売中

 精神科単科病院で身体合併症病棟を担当する著者が精神医療の現状を生々しくつづっていいます。胃瘻造設や延命治療の是非、誤嚥性肺炎への対応、患者家族への説明の難しさなど終末期医療における課題を挙げ、相模原障害者施設殺傷事件に対する私見も示しています。
 精神医療に限らず、高齢者の終末期医療に対する現場の肉声ともいえる内容です。高齢者医療に携わる全ての医療者に一読をお勧めします。(東徹著、日経BP社、3500円+税)

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