日経メディカルのロゴ画像

2つの腫瘍と1つの死。その日、彼女は拒絶した

2015/03/16
東徹

 この連載では、精神科単科病院に勤務する僕が担当した方々のエピソードをやや改変してご紹介します。詳しくは前回の「死は希望だ」をご一読ください。今回は、統合失調症で長期入院されていた女性のお話です。僕が担当したのは最後の数年間だけでした。「梅毒にかかっている」という妄想がずっとあり、病識がない方でした。精神科でいう病識とは、自身が病気であるという認識のことをいいます。

 この女性を、佐藤さん(仮名、享年86歳)とします。お会いするたびに毎回、「特に変わったことはありません。明日帰ります。そこにお迎えが来ることになっています」と言われました。しかし、退院の予定はありません。誰かが迎えに来ることもありません。親族はほとんど亡くなっており、連絡の取れる人もいません。かなりご高齢のため生活力に乏しく、現実的に退院は困難でした。低い身長にもかかわらず体重は80kg以上でかなりの肥満。歩行はなんとかできるという状態で、排泄にも常時介助が必要でした。今考えると、「今日」ではなく「明日退院します」と言っていたのは、ご自身の状況をある程度ご理解されていたからなのかもしれません。

 僕が担当になってから、薬剤を少し変更してみました。根強い妄想がありますが、長期罹患とはいえ、薬剤を変更したら良くなるかもしれない。実際に薬剤の変更で改善されることもあります。しかし、薬剤変更の結果は良くも悪くもまったく不変でした。もちろん他にも薬はありますが、症状が悪くなるリスクも高いので、変更は1剤だけでやめました。

 このように、治療を変更するわけでもなく退院のめどが立つわけでもないという方が精神科病院には多数おられます。いろいろ批判のある精神科の長期入院ですが、現実的に退院できない方にとっては、QOLをできるかぎり高く保つという役割もあると思います。

突然の出血と、意外な検査結果
 そんなある日、看護師から佐藤さんが入浴中に少量の下血をしたと報告を受けました。真っ赤な血液が数滴椅子に付いていたとのことでした。訪室時には既に血痕もなく、さらなる下血はありませんでした。直腸診をしようとしましたが、佐藤さんは「いやです。私は病気ではありません」と拒否されました。出血源も不明だったため経過観察としました。その後しばらく出血はありませんでしたが、2カ月後、今度は下着に血液が付いていると報告がありました。

 これはやはり何かあるかも知れないと思い、腹部CTを撮りました。当院は単科病院ですがCTはあります。しかし造影はできません。とりあえず腹部の単純CTと胸部CTを撮りました。なぜ胸部も撮ろうと思ったか聞かれると困るのですが、高齢者はよく誤嚥性肺炎を起こしますし、久しく撮っていなかったので一度撮っておこうという判断です。うーん、根拠なく検査をするのは良くないかもしれませんね。

 ところが、結果は意外なものでした。低吸収域を伴う子宮腫大があり、肺にも5cm大の腫瘤が見つかりました。えーっと、どう考えればよいのだろう。精神科医の僕は身体科のことがよく分かりません。しかし、たまたま同僚に婦人科出身の精神科医がいたので相談しました。それから、2週間に1度だけ呼吸器内科の先生が来ていただいていたのでそちらにも相談しました。

 子宮に関しては、子宮体癌の可能性もある。MRIを撮ることになりました。肺に関しては、肺癌Stage I疑い、確定には気管支鏡検査が必要とのこと。この時点では佐藤さんには結果を伝えていません。どうすべきか判断しかねたので、病院で倫理委員会を開きました。

著者プロフィール

東徹(いわくら病院[精神科単科病院])●ひがしとおる氏。2006年京都大学医学部卒。高知医療センターでの初期研修を経て、京都大学医学部付属病院、大阪赤十字病院精神神経科に勤務。2012年より現職。

連載の紹介

その死に誰が寄り添うか-精神科単科病院にて
精神科単科病院の「身体合併症病棟」。ここがどのような場所で、どのような人がどう生き、そして死んでいくのか。知られざる実態を、長期入院の末に亡くなった方々の実例を元に、一部改変してご紹介します。
『精神科病院で人生を終えるということ − その死に誰が寄り添うか』好評発売中

 精神科単科病院で身体合併症病棟を担当する著者が精神医療の現状を生々しくつづっていいます。胃瘻造設や延命治療の是非、誤嚥性肺炎への対応、患者家族への説明の難しさなど終末期医療における課題を挙げ、相模原障害者施設殺傷事件に対する私見も示しています。
 精神医療に限らず、高齢者の終末期医療に対する現場の肉声ともいえる内容です。高齢者医療に携わる全ての医療者に一読をお勧めします。(東徹著、日経BP社、3500円+税)

この記事を読んでいる人におすすめ