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連載第72回
患者に「過失」は全くないのか

2007/09/11

【今回の相談事例】
 ある患者に対し、その疾患に対して最も標準的で、エビデンスも認められている治療法を勧めたのですが、いくら説得しても聞き入れてもらえなかったことがありました。やむを得ず、2次的な治療法を行っていたのですが、その治療が奏功せず、患者は亡くなってしまいました。その後、遺族が、私の様々な行為を取り上げてミスがあると主張し、訴えてきたのですが、私からすれば、死亡に至った一番大きな原因は、患者本人の選択によって標準的治療を行うことができなかったことだと考えています。このような患者自身の態度をミスと主張することはできないのでしょうか。
(相談者:大学病院・外科医)

【回答】
 通常の医療訴訟では、患者側が、医療者に過失があり、それが結果(患者の死亡など)と因果関係があるために損害を被ったと主張して、賠償を請求します。しかし、医療者側に過失および因果関係がある場合でも、患者側が医療者の指示を守らなかったなど、結果に患者側の要因が大きく関与しているケースもあります。

医師の過失認めるも過失相殺で賠償額減額
 民法上、損害の発生や拡大に、被害者側(医療事故では、患者が「被害者」に該当します)に過失が認められるときは、損害賠償の金額を定める際にその過失を考慮することができるとされています。これが「過失相殺」(民法722条2項)という考え方です。具体的には、裁判所が被害者側の過失を何割と認定し(それが2割になるか、5割になるかなどは具体的な基準はなく、裁判官の裁量によって決定されます)、損害額から、その割合を引いた額が、医療側が払うべき金額となります。

 この過失相殺の法理は、交通事故の事案でよく使われていますが、医療事故でも利用されることがあります。神戸地裁1994年3月24日判決などがそうです。

 これは、慢性肝炎の患者に対して、一般開業医が飲酒の絶対禁止や食事の指導をすべきだったのにそれをせず、肝硬変に移行したことも把握しないで漫然と投薬治療を続けたために非代償性の肝硬変となり、ついには食道静脈瘤破裂により患者が死亡したと訴えられたケースです。

 上記判決は、本件医師は、「肝臓が少し弱っている」「なるべく好きなもの(※酒)止めというのは無理やから、まあ控えときなさい」と告げているにとどまり、絶対的禁酒や、適切な栄養指導や生活指導もしなかったなどと認定しました。その上で、絶対的禁酒を指導しなかったことや、非代償性の肝硬変への移行を強く疑うべき検査値であったのに、それを見逃し慢性肝炎としての治療しかしなかった過失があるとして、医師側の責任を認めました。

 他方で、この患者も被告医院に来院する以前の14年以上、毎夕食時に日本酒3~4合の飲酒を続け、医師から飲酒を控えるように告げられた後も、約2合を毎夕食に飲んでおり、医師の指示通りに来院もせず、治療効果の大半を減殺するような行動を取っていたとして、患者側の過失を8割と認定し(ここまで患者の過失を大きく認定することは珍しいでしょう)、医療側は損害額の2割の金額だけを支払う旨の判決が下されました。

患者側の非協力的な対応は医療者の責任の有無を左右 
 この判決に対しては、患者側、医療側の双方とも控訴しました。

 大阪高等裁判所1997年5月15日判決は、本件医師は肝硬変診断の知識に間違いがあったこと、精密検査を要する血液検査値も見過ごしていたなど、医師に不十分な点があったことは否定できないとしつつも、仮に、医師に注意義務違反があるとしても、これと患者死亡との間に因果関係があるとするのは困難であるとして、過失相殺の法理を使うまでもなく、患者側の請求を全部棄却しました。

 医師の責任を否定した理由としては、患者が医師の指示に従わず11カ月、5カ月と長期間の中断期間のある受診状況のため、血液検査も継続的にできず、肝硬変への移行をたやすく推認できるようなものではなかったことなどのほか、この開業医の後に患者が入通院をした後医での療養状況が大きく影響しています。

 判決文では、この患者が、後医から肝硬変のために生命の危険があると告げられた後も、入院時に同室患者と寿司を食べに行き飲酒をしてその帰りに転倒したこと、7回も飲酒の上で受診していること、患者の妻が医師に、患者がウイスキーをストレートで飲んでいることを伝えていることなどが克明に記載されています。訴えられた開業医自身のカルテは、非常にシンプルで、飲酒指導をした記載もなかったようなのですが、後医のカルテは、詳細に上のような出来事が記載されていたようです。この後医のカルテが、患者側の「開業医が絶対的禁酒を指導していてくれさえすれば、患者は酒も飲まず、肝硬変にもならなかった」という主張の信用性を失わせたといってよいでしょう。

著者プロフィール

HDLA研究会●HDLA研究会は、医事紛争に関して医療機関側の代理人を務める弁護士で組織。会員は約100人で、各種勉強会を開催するほか、会員相互の情報交換を行っている。

連載の紹介

ケースに学ぶトラブル対策講座
医療事故や医療過誤訴訟のリスクは増大する一方。医療事故や紛争・トラブルの具体例を提示しながら、そこに内包する法律的な問題や対処法について、医療関係者向けに平易かつ簡潔に解説します。

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