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連載第61回
医療過誤で勤務医は病院から求償されるか

2007/06/12

【今回の相談事例】
 私は私立の病院に勤める内科医ですが、私の診察ミスで脳梗塞を見逃したとして患者から病院が損害賠償の請求訴訟を起こされています。自分には落ち度はないと思っていますが、もし裁判の結果、私の診療に過失があったとして病院が賠償させられた場合、私自身は病院あるいは保険会社から求償請求されるのでしょうか。実は、独立行政法人国立病院機構の病院に勤務している友人の医師から、その友人の場合は国家賠償法により、故意または重過失でない限り求償されないという話を聞きました。私の場合は公務員でもなく、個人では医師賠償責任保険に入っていないので心配です。
(相談者:私立病院・内科勤務医)

【回答】
 大変難しい問題ですが、まず、その友人の医師の話から始めましょう。
 
 確かに、国家賠償法第1条1項には「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる」と定められています。次いで2項には「前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する」と書かれています。この条文からは、医療ミスをして損害賠償請求をされても、国家公務員である医師は「故意又は重過失」でない限り求償されないと読めます。

国家公務員の医師では「故意又は重過失の場合」だけ求償が実情
 しかし、最高裁判所の1982年の判例では、医師の診療・治療行為は国家賠償法第1条の「公権力の行為」に当らないと解釈しています。「公権力の行使」をする公務員とは警察官などが典型的ですが、医師の診療・治療行為については、国立病院の医師も私立病院の医師も中身は変わらないのに、一方には国家賠償法を適用し、他方には民法を適用するのはおかしな話です。ですから、医師の診療・治療行為については、民法を適用して判断するのが一般的な解釈です。

 民法が適用された場合、民法には「故意又は重過失の場合だけ求償する」などという規定はありませんので、国家公務員である医師の場合も、普通の過失(以下、重過失に対比するために軽過失と呼ぶことにします)でも国や公共団体から求償されることはあり得ると思います。ですから、その友人の医師の見解は法理論的には必ずしも正しいとはいえません。

 ただし、少数ですが医師の診療・治療行為にも国家賠償法が適用されるとする地裁の判例も散見されます。また、警察官などの軽過失と比較した場合、同じ国家公務員の過失なのに、警察官は「公権力の行使」だから「故意又は重過失」でない限り求償されず、医師の場合は軽過失でも求償されるのはおかしいという意見もあります。したがって、信義則上、国家公務員の医師の診療・治療行為の場合も、「故意又は重過失」がない限り求償されていないのが実際の取り扱いのようです。そうすると、その友人の医師の言われていることも実情に即せば、間違いでもないことになるでしょうか。

私立病院では就業規則の規定に左右される
 さて、先生の場合は私立病院ですから、原則として軽過失であっても求償される可能性はあります。ただ、先生と病院との雇用契約で特別な取り決めがあれば話は別です。就業規則などで、「故意又は重過失で第三者に損害を与えた場合は病院に対して損害賠償するものとする」(逆に読めば軽過失の場合は損害賠償しなくてもよい)といった規定が設けられている場合があります。この場合は、軽過失では求償されませんので、勤務先の病院の就業規則をもう一度チェックしておいた方がよいでしょう。

著者プロフィール

HDLA研究会●HDLA研究会は、医事紛争に関して医療機関側の代理人を務める弁護士で組織。会員は約100人で、各種勉強会を開催するほか、会員相互の情報交換を行っている。

連載の紹介

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