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連載第59回
「癌を告知せず」で法的責任が問われるか

2007/05/29

【今回の相談事例】
 外来通院中の患者が、検査の結果、末期の肺であることが判明しました。既に救命・延命のための有効な治療方法はなく、疼痛などに対する対症療法を行う以外にない状況です。患者の性格などを考慮して、本人に告知する前に、まずは家族に対して説明しようと思っているのですが、患者は毎回1人で通院してきていて、なかなかチャンスがありません。このような場合、どのように対応すればよいのでしょうか。
(相談者:総合病院・勤務医)

【回答】
 癌の告知については、裁判などにおいても古くから問題にされてきました。治癒が不可能もしくは極めて困難な疾病について、医師はその事実を患者や家族に伝えるか否か、伝える場合にはどのような配慮をすべきかといった問題は、医療の根本と限界にかかわるだけに、一律の回答を出すことは困難です。

 癌の告知に関して、紛争化する類型は大きく2つに分けられます。一つは癌を告知したことが医療側の注意義務違反であるとするもの、もう一つは反対に告知しなかったことが注意義務違反であるとするものです。

必ずしも注意義務違反に当たらず
 判例では、患者本人に対し癌の告知をせず、説明義務違反の有無が争われた事案において、「原則として患者の権利を侵害しない限度において、医師の裁量の範囲内にあるというべく、特に不治ないし難治疾患については、患者に与える精神的打撃を配慮する慎重さが望まれる」として、説明義務違反を否定するものがあります(最高裁1995年4月25日判決)。この事案は、初診患者を診察した際、進行性の胆嚢癌の疑いが生じ、次の受診時に入院の予約を取りました。入院後に家族の治療に対する協力の見込みなどを把握してから、家族の中の適切な人に説明を行おうとしていたところ、患者が電話で入院延期を申し出て海外旅行に出てしまい、告知のタイミングを逸しました。その結果、患者が帰国後も医師に連絡を取らないでいたために病状が悪化し、最終的に入院治療を受けるも死亡するに至ったというものです。判決の結論自体については異論のないところかと思います。

 また、ご相談の事例のように、外来通院していた末期の肺癌患者について、(1)患者が高齢で終始1人で通院していた、(2)医師が外来で診察したのは2カ月間で4回のみであり、両者間に強い信頼関係ができるには不十分な期間であった、(3)患者が特に癌告知を希望する旨を表明していたとも認められない――ことなどから、医師が患者本人に対して癌告知をしなかったことは「合理的な裁量の範囲内」であると判断した判例もあります(最高裁2002年9月24日判決)。

 以上の通り、判例には医師の「合理的な裁量」を根拠に、本人に対して癌告知をしなかったことが義務違反には当たらないとするものがあります。しかし、これらの裁判例は、あくまで個別の事例についての判断ですので、患者の病態や性格、予後の見込み、患者の置かれた社会的状況や家族の有無、治療に対する家族の協力についての見込みなどを総合的に考慮した上での慎重な対応が必要であることに変わりはありません。

著者プロフィール

HDLA研究会●HDLA研究会は、医事紛争に関して医療機関側の代理人を務める弁護士で組織。会員は約100人で、各種勉強会を開催するほか、会員相互の情報交換を行っている。

連載の紹介

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