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連載第3回
患者への説明義務の法的な水準は

2006/04/18

【今回の相談事例】
 私は研修医ですが、患者に検査結果や治療法などを説明する際、どこまで詳しく説明すればいいのか、戸惑うことがあります。法律的な観点から、説明の基準を教えてください。
(相談者:大学病院・研修医)

【回答】
 民法など医療裁判の基準となる法律には、医師の説明義務の内容を具体的に規定した条文はありません。従って、法的な説明義務は、これまでの判例の蓄積の中で、大まかに決まっているというのが現状です。一般的にいえば、表に記載した内容を説明すれば、死亡事故など重大な合併症が発生した場合でも、必要かつ十分な説明をしたと解釈されます。

未確立の治療法でも説明が必要
 乳癌を例に、検査や治療法、特に未確立の治療法についてどのように判断されるのかを説明しましょう。
 例示するのは、乳癌と診断され、生命の希求と乳房切除のはざまにゆれ動く心情をつづった女性の手紙を受け取った医師が、当時の標準的治療法であった胸筋温存乳房切除術の絶対的適応と判断し、「乳房温存術の長期予後はいまだに正確には分からない」と説明した事案です。乳房温存術に関する詳しい説明を行わず、患者は乳房切除術を受けることに同意したため、術後に乳房温存術の説明義務の有無が争われました。

 最高裁は「他の術式が医療水準として未確立なものである場合」でも、「(1)当該療法(術式)が少なからぬ医療機関において実施されており、相当数の実施例があること、(2)これを実施した医師の間で積極的な評価もされていること、(3)患者が当該療法(術式)について強い関心を表明していること」を条件として、「医師の知っている範囲での当該療法(術式)の内容、適応可能性やそれを受けた場合の利害得失、当該療法(手術)を実施している医療機関の名称や所在などを説明すべき義務がある」とし、乳房温存術に関心を持っていた患者に対する説明が不十分として、医師の説明義務違反を認めました(選択可能な未確立の他の治療法についての説明義務肯定例)(最高裁2001年11月27日判決)。

 以前は、当該患者の疾患に関する検査や治療法が複数存在する場合、どの治療法を選択するかは、医師の専門的な医学知識と医学経験を背景になされる高次の医学判断であるため、その選択は医師の専権事項であり、患者の承諾ないし自己決定権は及ばないとする見解が主流でした。しかしが、現在では、医師はその時点で適応の可能性のある治療法は、たとえ医師が消極的と考えるものであっても、その治療法の内容や治療成績などについて患者が検討できる程度の説明をする義務を負うと判断されます。特に、未破裂動脈瘤の手術など、予防的でかつ侵襲性の強い治療では、保存的治療法などほかの治療法について十分に説明しないと、説明が不十分だと認定されます。要は、侵襲性の低い検査治療法の適応の可能性をどこまで説明するかがポイントとなります。

病状変化や増悪の危険性も丁寧に説明を
 次に、病状が変化したり、増悪する危険を、どの程度まで説明しなければならないかをご説明します。
 例示するのは、産婦人科医師が未熟児の黄疸を心配する母親に対して、「血液型不適合はなく、黄疸が遷延するのは未熟児だからであり心配ない」と説明し、黄疸の持続する状態で退院させた事案です。「何か変わったことがあれば、医師の診察を受けるように」との一般的注意を与えたのに止まったため、その後に黄疸が遷延・増強した際に受診が遅れ、新生児核黄疸に罹患したケースです。

 最高裁は「産婦人科の専門医は、(1)黄疸が増強することがあり得ること、(2)黄疸が増強して哺乳力の減退などの症状が現れたときは重篤な疾患に至る危険があることを説明し、(3)黄疸の増強や哺乳力の減退などの症状が現れたときは速やかに医師の診察を受けるように指導すべき」という説明義務があるとし、この産婦人科医の説明は不十分として説明指導義務違反を認めました(最高裁1995年5月30日判決)。「何か変わったことがあれば、医師の診察を受けるように」の説明は不適切だとしたわけです。

 医師はいわば医学のプロである一方、患者は素人なので、患者が異常事態の発生が理解できるように具体的に分かりやすく説明しなさいというは当然のことです。
しかし、病状に関する説明が簡略で結果的に説明が不十分となることを恐れるあまり、考え得る危険性をすべて列記して説明すると、患者がそのすべてを理解できるはずもなく、説明する医師自身も経験したこともない、まれな合併症を説明したのでは説得力に欠けます。

 「今、患者に何を伝える必要があるのか」という視点に立てば、答えは意外と容易です。例えば、「本件手術や検査によって、死亡や重度障害を含めて重大な合併症が起こる可能性がまれながらあること、代表的な原因としては術中、術後出血や感染症などがあるが予想は難しいこと」などを分かりやすく伝えれば、重大合併症が起こり得る危険性があることを患者が理解するのに、必要かつ十分な危険性の説明といえるでしょう。患者との信頼関係の中で、最も重篤な合併症の可能性を説明できるか否かがポイントになります。

著者プロフィール

HDLA研究会●HDLA研究会は、医事紛争に関して医療機関側の代理人を務める弁護士で組織。会員は約100人で、各種勉強会を開催するほか、会員相互の情報交換を行っている。

連載の紹介

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