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点滴してと願う妻、医師は約束だからと却下

2018/02/05
楠 尚子(在宅看護研究センターLLP研究員)

 私がホスピス病棟に勤務し始めたころのことです。経過の長い癌終末期の男性患者と出会いました。病状が徐々に進み、痰の量が増え、呼吸状態が悪化したため、点滴の減量を娘さんに提案した結果、点滴を中止することになりました。その5日後、患者さんは他界されました。その臨終の場面で、「私が点滴を止めたために、父が亡くなった。私が父の命を縮めた」と、娘さんの涙が思い出されます。このように、癌終末期の点滴の是非については、その後のグリーフケアに影響を与える難しい問題であるといえます。

 癌終末期には、症状が進んでくると、徐々に食事や水分をとることも難しくなってきます。そして、そばで見守っているご家族は、痩せ衰えていく姿を目の当たりにして、「このままでは見殺しにしてしまう」「何もすることができないのだろうか」「脱水で苦しいのではないだろうか」などと思い悩み、点滴をすることで、少しでも楽になるのでは? あるいは少しでも長く生きてほしいと点滴を希望されるケースも多くみられます。しかし、終末期の輸液については、QOLの改善や生命予後に影響しないことが、数々の研究で報告されています。当ホスピス病棟でも、極力、点滴は控える方針です。

 輸液に対するご家族の意味合いは様々です。以前、出会ったケースについて、心に残った場面があったので、振り返ってみたいと思います。

 患者:Aさん、80歳代半ば、男性。肝内胆管癌。肺転移、肝転移、リンパ節転移、腹膜播種。腹水の貯留。在宅療養をしていましたが、経口摂取が困難となり、トイレ歩行も困難となり、ほぼ寝たきりの状態となったため、妻の介護負担を考え、ホスピス病棟への入院となりました。

 家族:妻と娘。妻は80歳前半。夫が主導で生活していたため、一人では決められず、夫が入院しているにもかかわらず、「トイレの電気が切れたの。どうすればいい?」と電話が入ったほどです。娘は50歳前半。結婚して、近所に住んでいました。

 入院時、腹水の貯留、消化管浸潤による通過障害のため、流動食をゆっくりと摂取していました。また、飴玉や、するめやビーフジャーキーを噛んで吐き出すなど、味を楽しんでいました。しかし、徐々に病状が悪化していき、呼吸困難も出現するようになり、日々、衰弱していく様子が感じられるようになっていきました。

著者プロフィール

「一般社団法人よりどころ」が運営する「メッセンジャーナース認定協会」(会長:吉田和子)から認定を受けたメンバー。メッセンジャーナースとは、患者本人と家族、医療者の間に潜む意識のギャップを埋めるためのプロフェッショナルのこと。看護師らを中心に、28都道府県で85人がメッセンジャーナースとして活動を展開中。

連載の紹介

患者と医師の認識ギャップ考
「医師の説明が分からない」「回復の実感がないのに規則だからと退院を迫られた」「早期の癌だからと唐突に告知された」などと不安・不信を抱く患者の声があります。そんな患者本人の内面の葛藤さえも受け止めて、医療者との間に生じる認識のズレを埋める術を考えていきます。

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