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入院も治療もイヤ、でも痛みだけはとりたい

2016/06/10
村松 静子(在宅看護研究センターLLP代表)

 「相談したいのです」という1本の電話を受け、とりあえず駆けつけた私。Cさんとの初対面はアパートの一室でした。

 42歳のCさんは「子宮内膜症」との診断で、卵巣・子宮全摘出術を受けました。細胞診の結果は「卵巣癌のIV期」で、医師に言われるままに化学療法を続けた、といいます。しかし、病院の対応に納得がいかないCさんは転院。その後、一時は原因不明の感染で重篤に陥ったものの、定期検診に切り替わるほどに回復しました。それも束の間、今度は、肝臓への転移が見つかったのです。

 座卓を前に身構えるように座っている冴えない顔色のCさんは、腹水が溜まり、強い全身倦怠感を抱えたまま、私に言いました。

 「聞きたいことがたくさんあって、それが何なのかが分かるまで聞きたいのです」
 「たくさんあるのですね。私にできることがあるかもしれません。今の気持ちを何でも話して・・」

 こう応じると、Cさんは次々に強い口調で自分の本当の気持ちを吐き出したのです。

 「医師には、それぞれの人の生活背景を考えて話してもらいたいと思う」
 「病院の外来では、毎回行くたびに先生が変わるので、その都度、自分の気持ちを最初から繰り返し話さなければいけない」
 「私は、延命治療をしたくないのです」
 「痛みが癌の広がりから起こっているものなのか、それとも胆嚢炎によるものなのか、はっきりしない。痛みがコントロールできればいいんです」
 「内科にも受診しているのですが、疼痛コントロールは婦人科でと言われるし、八方塞がりです」
 「『今後は入院も治療も行わない、痛みだけはとりたい』と言うと、ここは治療する病院だから、痛みの緩和であればホスピスや在宅でといわれる。私はどうしたらいいか分からないのです。6カ月か1年しか生きられないのなら、行動を規制されるのはイヤ。何の望みもないのなら、早く死にたい」
 「日割りでもいいから、目標があれば違う。ホスピスも考えたけど、検査できる設備がないし、だいいち遠い。痛みがコントロールできれば、まだやりたいことがたくさんあるのに」

 これらの言葉のなかに見え隠れする「不信」「戸惑い」「悔しさ」、そして「意欲」と「願望」。頷きながら聴いていた私は、Cさんの許可を得て、あえてその場から、緩和ケアを重視している医師に電話し、事情を伝え、確認しながら話を進めました。そして、明日一番で、その医師の診察を受けて、疼痛コントロールをメーンに薬剤の調整をしようということになりました。

 「ありがとうございます。何だか痛みがとれて、元気になったみたいです。安心しました」

 立ち上がり、しっかりした足取りで玄関まで見送ってくれたCさんの表情からは硬さがとれ、笑みがこぼれていました。

 それから1カ月半後。私の手もとに1通の絵葉書が届きました。内服薬を調整して、自ら痛みをコントロールしながらの一人旅を続けるCさんからでした。

 「命が延びる思いです」

 葉書には自然によって癒されている姿が綴られていました。

 Cさんの言葉のなかに現れた「不信」「戸惑い」「悔しさ」、さらには「意欲」や「願望」は、医師をはじめとする医療者にはなかなか届かない想いでした。この連載では、こうした届けたいのに届いていない患者の想いに寄り添い、どうやって解決に結び付けていったらいいのかを、事例に基づいて考えていきたいと思います。

著者プロフィール

「一般社団法人よりどころ」が運営する「メッセンジャーナース認定協会」(会長:吉田和子)から認定を受けたメンバー。メッセンジャーナースとは、患者本人と家族、医療者の間に潜む意識のギャップを埋めるためのプロフェッショナルのこと。看護師らを中心に、28都道府県で85人がメッセンジャーナースとして活動を展開中。

連載の紹介

患者と医師の認識ギャップ考
「医師の説明が分からない」「回復の実感がないのに規則だからと退院を迫られた」「早期の癌だからと唐突に告知された」などと不安・不信を抱く患者の声があります。そんな患者本人の内面の葛藤さえも受け止めて、医療者との間に生じる認識のズレを埋める術を考えていきます。

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