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第12回
いま書いてるの、もしかして「偽」の診断書?

2017/11/16
小林米幸(小林国際クリニック)

 国際診療を続けていると時折、ややこしい患者がやってくる。今回、紹介する患者もその一人だ。患者は50歳のフィリピン人女性。高血圧で1週間前から診ている患者だ。1週間前、私はこの患者に「次回の診療で降圧薬の効果のチェックと採血をします」と告げていた。

 来院した彼女は、前回受診した日から昨日まで、めまいが続いていたと訴えた。どうやら欠勤をしていたそうで、会社で診断書を書いてもらえと言われたとのこと。しかも所持金は5000円しかないと言う。

 彼女は日本の公的保険に加入している。3割負担だが、それでも再診料+血液検査料+自費で診断書作成料を合計すれば、約5000円かかる。使用できる医療費を考えれば、検査項目は絞らざるを得ない。

 初診時を思い返すと、血圧が相当高かったにもかかわらず、めまいは訴えていなかった。めまいはあくまで自覚症状だ。そう考えると、本当に症状があるかどうかは分からない。体調がちょっと悪いから仕事を休んじゃおう……といった考えの後始末をするために診断書の作成を依頼されているのだとすると、あまり気分のいいものではない。

 考えすぎかもしれないが、受診時に「5000円しか持っていない」とわざわざ言うということは、「診断書を安く書き上げてくれ」という要望かもしれない。

診断書を求める動機は人それぞれ
 外国人診療を28年も続けていると、中には診断書の作成依頼の動機があまり好ましく思えない人たちも訪れてくる。こうしたケースを経験してきたからこそ、つい人を疑ってしまう自分がイヤになる。

 私は、患者がめまいを訴えているからといって、それについて診断書を書くのはできれば避けたいと考えている。めまいが本当にあるのか否かはもちろん、仕事ができないほど酷い状態だったのかどうかも本人にしか分からないからだ。症状がいつ発症してどのように推移したのかを診ていないのに、本人にしか分からない症状について診断書が書けるわけがない。しかもその症状が治ってから診断書を書けと言われても、症状があったことを示す証拠すらないのに治ったかどうかなど判断できない。

 誤解を恐れずに書くと、フィリピン人や南米の人は病気に弱い気がしてならない。日本人の経営者が「あの程度の症状でどうして今日も休んでいるんだ!」とつい怒りたくなるだろうなと感じるケースや、そんなそぶりを続ければクビになってしまうんじゃないか……と心配になる患者を何人も見てきた。

 外国人労働者を雇う経営者側からすれば、患者に「診断書を持ってこい、病気だったという証拠を見せろ」と言いたくなるのも無理はない。だが、こういった診断書の作成を依頼される医師は悩むことになる。何を書いたらいいのかと。

 僕はこうした患者に診断書の作成を求められた場合には、「本人が申告するには、○○の症状があって会社には行けない状況だったという話だ」と患者の主訴を具体的に書くようにしている。自分が診ていないことについては書きようがないからだ。

 とはいえ、こんな内容では診断書とは呼べないというご意見もあろう。だったら、診断書作成を断ればよいと言われてしまうかもしれない。だが、「医師からの文書がなければ、もしかしたらクビになってしまうかも」と泣きつかれることも少なくないため、結果的にこのような対応をせざるを得ない。

 結局、冒頭の患者も診断書作成に掛かる費用などを考えて、診断書ではなく、会社宛てに簡単にメモを書き、それを渡してもらうことにした。メモ書きで対処をする場合はごく安い金額しかもらわないようにしているが、もしそれがきっかけで何か問題が生じれば、メモ書きだったとしても法律的な責任は免れないだろう。ベストとはいえない苦渋の選択である。

著者プロフィール

1974年慶應義塾大学医学部卒。神奈川県大和市立病院外科医長、内視鏡室長、1985年からはインドシナ難民大和定住促進センター嘱託医を兼任。1990年に小林国際クリニックを開設。翌年、在日外国人への医療情報の提供や、日本の医療機関への外国人医療に関する情報提供、診療時の電話通訳を行うAMDA国際医療情報センターを立ち上げ、所長に就任。

連載の紹介

小林米幸の外国人医療奮闘記
日本の常識が通用しない医療——。それが外国人診療です。常識の違いに日々悩みつつも、「困ったときはお互いさま」をモットーに1985年から外国人を診療し続けてきた小林米幸氏が、実際に体感した国による文化や医療の捉え方の違いを紹介します。

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