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第9回
「棒」摘出を巡る、一生忘れられないある体験

2017/07/27
小林米幸(小林国際クリニック)

 欧米や南米では一般的に行われている、ゴム状の白い棒を用いた避妊術。避妊の徐放剤を入れた白い棒を上腕の下方、皮下脂肪の多いあたりに埋め込み、避妊の役割を果たすと見られている。

 白い棒を埋め込んだ女性たちは、そろそろ妊娠したいという気持ちになると、挿入してもらった「棒」を摘出しに医療機関を訪れる(過去記事『上腕に埋め込まれた「避妊の棒」を抜き取るには』)。

 この「棒」の摘出を巡り、忘れられないエピソードが2つある。

 1つ目は約20年前、僕が初めてこの「棒」の摘出をお願いされたタイ人女性のエピソードだ。当時はこの大和市の近辺にタイ人がたくさん住んでいた。多くの人は東北タイに住むラオス系の人々で、インドシナ難民として合法的に日本政府に受け入れられたラオス人難民の人たちとは姻戚関係にある人やその友人が多かった。

 このタイ人女性は米国での生活経験があり都会的で、ほかのタイ人とはちょっと違う印象を受けた。避妊のための「棒」も米国で入れてもらったと話していた。初めてのケースだったが、ためらいながらも摘出することにした。

 小外科手術が終わり手術室で次の包帯交換の日を説明していたら、念のためにHIVの検査もしてほしいと言い出した。あの頃は肺炎や結核でやってくる外国人が少なくなく、そういう人たちを説得してエイズ検査を行うと、高率に陽性判定が出た。しかも、その圧倒的多数がタイ人だった。

 「需要」に合わせてイムノクロマト法によるHIV、梅毒、B型肝炎の即日検査キットをクリニックの中に備えていたため、それを使用してHIV検査を行った。

 すると用紙に血液を垂らして5分もしないうちにコントロールと同じ真っ赤な線が横に1本認められた。陽性だ。ドキっとしたが、すでにごく少量とはいえ、観血的な手術は終わってしまっていた。

 いつも術前にHIV検査が行えるとは限らず、したがって、いつも全ての患者が感染している可能性があるという仮説に則って、感染しないよう、細心の注意をして手術を行っているので、そこは問題ないと分かっていた。そうはいっても内心はドキドキだった。

 彼女を呼んで、結果を英語とタイ語で話すと、顔面蒼白になったのを覚えている。しばらくすると落ち着いてきた。そのタイミングで「帰れるか?」と尋ねると、「帰れる」と答えた。そこでクリニックのドアをあけて送り出したが、小田急線の線路際の道を左右にふらふらと歩いていくのを見て、電車に飛び込むのではないか? と不安に駆られた。

 開業して27年、今まで僕がクリニックにて見つけたHIV感染者およびエイズ患者は48人にのぼり、うち43人が外国人だ。

 うって変わって2つ目のエピソードは、不謹慎だが笑っちゃう話だ。

 ある日の午後、コロンビア人だという若い女の子を連れて、サングラスをかけたがっしりとした、見るからに「普通の人」ではない男がやってきた。浜松から東名高速を走ってやってきたのだと言う。

 聞けば、上腕に避妊のための「棒」が数本挿入されていて、それを抜去してほしいとのことだった。このように事前の連絡もなく、予約もなく、やってくる人は少なくない。たまたまこの日の午後は時間が空いていたため、そのまま小手術を行うことにした。

 女性は全くと言っていいほど、日本語が理解できず、スペイン語で話しかけてもにこにこしているばかりだった。皮下脂肪が「ほんの少し」多い彼女の上腕の、「棒」が挿入されているという部位を触診すると、5本の「棒」がかろうじて触れた。豊かな皮下脂肪のためか、いつもより少し奥に入り込んでいるという印象だった。局所麻酔して切開し、「棒」を5本摘出して終えた。

 彼女はにこにこしてスペイン語でありがとうと言い、男は何の反応もみせず、受付で費用を払って帰って行った。この時には、まさか、これが事件のプロローグだとは思わなかった――。

 数日後の午前、患者でごった返していた時間に受付から連絡があった。「あの人たちがまた来ていて、棒が一本残っていると怒っている」と言う。慌てて診察の順番を飛び越えて、診察室で彼女の傷のあたりを触診してみると、確かに奥のほうに1本、棒らしきものが触れた。

 「あっ、これは見落としですね、すみません。すぐに摘出します。これは僕のミスなので手術代など今回は不要です」と話して、そのまま手術室に行ってもらい、局所麻酔下に数分で取り出した。

 女性にスペイン語で「終わりました」と声をかけると「ありがとう」とにっこりしてくれたのだが……男のほうは手術台に腰かけたまま、足を組んで何も言わない。そのうち、低い声ではっきりと「かわいそうじゃないか」と言うのが聞こえた。

 「ですからこれは僕のミスだと謝りました。こちらのミスですから手術代もいりません」と繰り返した。すると……サングラスの男は「それだけかよ」とどすの利いた声で言う。

 自分の足ががたがた震えそうになっているのがよく分かった。そう。相手は何か対価を求めている。その時、突然、1年ほど前にテレビで見た伊丹十三監督のヤクザの民事介入暴力をテーマとした映画「ミンボーの女」のストーリーを思い出した。妻の宮本信子扮する弁護士が、難癖をつけてホテルから金を巻き上げようとやってきたやくざを撃退するというコメディだ。

著者プロフィール

1974年慶應義塾大学医学部卒。神奈川県大和市立病院外科医長、内視鏡室長、1985年からはインドシナ難民大和定住促進センター嘱託医を兼任。1990年に小林国際クリニックを開設。翌年、在日外国人への医療情報の提供や、日本の医療機関への外国人医療に関する情報提供、診療時の電話通訳を行うAMDA国際医療情報センターを立ち上げ、所長に就任。

連載の紹介

小林米幸の外国人医療奮闘記
日本の常識が通用しない医療——。それが外国人診療です。常識の違いに日々悩みつつも、「困ったときはお互いさま」をモットーに1985年から外国人を診療し続けてきた小林米幸氏が、実際に体感した国による文化や医療の捉え方の違いを紹介します。

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