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第7回
「今すぐ英語で診断書を書いて!」と言われたら

2017/06/26
小林米幸(小林国際クリニック)

 ベトナム人のスタッフが勤務する月に1回の土曜日には、インドシナ難民として日本政府に受け入れられたベトナム人やその家族がたくさんやってくる。あるベトナム人のご夫婦の診察を終えて処方箋を書いていると、ベトナム人スタッフが話しかけてきた。

 「あのね先生、ビザの更新のために夫婦2人とも入管(入国管理局)に行かなければならないんだって。でも、彼女のだんなさんが引きこもりらしくて。『引きこもり状態になっているから入管の手続きに行けない』という書類を先生に書いてもらって、代わりに奥さんが持って行ってはいけないかということですが、どうしましょう……?」。

 一瞬、意味がよく分からなかったが整理すると、患者のだんなさんが引きこもり的になったため、電車に乗って入管まで行けそうにない。だから「入管に行けません」という診断書を書いてほしい。その書類を書いてもらい、それを奥さんである自分が持って入管に行けば、本人は行かなくてもいいのではないか――というものだ。

 そうは言っても、僕のクリニックには電車に乗って訪れているし……。

 どう答えればいかを考えあぐね、うーんと唸っていると、通訳が「そんなことできませんよね」と言ってきた。もちろん「その通りだよ」と答えた。引きこもりが病気であるかどうかの議論をするつもりはない。しかし、電車に乗れないという程度のことで本人不在のままにビザの更新を入管が認めてくれるなんてことはあり得ない。ただでさえ昨今、替え玉や偽装結婚など、ビザ関連ではさまざまなトラブルが生じているので、ビザ更新には面接形式の本人確認が必須なはずだ。

 当院ではフィリピン人スタッフが毎日勤務しているため、フィリピン人によるこうした「お願い」は非常に多い。その多くは両親や兄弟姉妹が日本で結婚している娘に会うために、3カ月の親族訪問ビザでやってくるケースだ。観光を兼ねて訪れるときもあれば、出産や育児の手伝いでやってくるときもある。たいていが帰国の期限まで1カ月を切ったあたりから、なんとかしてもっと日本にいられる手立てはないものかと考えるのだ。

 そして、どうしたらビザの延長ができるのかと調べ、「病気で治療が必要」とする医師の診断書があれば、ビザの延長が認められる場合があると気がつき、当院のフィリピン人スタッフに電話で相談をする。フィリピン人スタッフも慣れているので、「そんな診断書、うちの先生は書かないよ」と返すが、それでもあきらめきれずにクリニックを訪れる。

 中には両親や兄弟姉妹を連れてきて、「血液検査をしてどこか体の悪いところを探し出してほしい」と言う人もいる。保険外診療になるため、負担額を計算して「これぐらいのお金になってしまうよ」と具体的な金額を示して説明するが、それでもいいからやってほしいとせがむ人もいる。

 ビザの延長は長期の緊急治療を要する疾患でなければ認められない。たとえ血液検査を行い、疲れやすいとか血圧が少々高い程度の体調不良が見つかったとしても、そんな結果が出てくるのはまれなことだ。こうした事情を説明すると、必ずと言っていいほど「先生が、すごく悪いと書いてくれたら……」というリクエストを受ける。

 とはいえ、診断書は公文書の一種だ。医師として医学的に虚偽の記載をすると刑事罰に問われてしまう。医師として絶対的に譲れない、いや譲ってはいけない一線だ。

 だから、リクエストを受けたときには「現状のままをその通りにしか書くことはできない。そしてその内容ではビザの延長はできないと思うよ、無駄な出費になる」と念を入れて説得する。それでも多くの場合は、そんな内容でもいいから書いてほしいと頼まれるので、検査をして診断書を書くことになる。入管に診断書を提出した後に、内容について入管の担当者から電話で問い合わせが来るときもあるが、僕の記憶にある限りではビザの延長が認められた人はいない。

数分で「健康で働ける」と保証できるわけがない
 外国人の労働者は肉体労働に従事している人も多く、当院は仕事場に提出する診断書の作成の依頼を受けることも多い。しかし、ここにも問題が潜んでいる。それは医療費と時間の問題だ。これとこれをやってくださいという項目指定の用紙を持参してくれると分かりやすいが、多くの中小企業ではそれがなく、やってきた外国人は「働けると簡単に書いてくれたらそれでいい」と診断書の作成を求めてくる。

 安く済ませたいという考えがあるのだろうが、視診、触診、聴診ぐらいで、初めて訪れた人が「健康で働ける」と保証できるわけがない。そして、そのような診断書を書くわけにもいかない。入職した後に病気が見つかって入院したり、手術が必要になったりすれば、「健康です」とか「就労可」などと書いた僕が責任を追及されかねないからだ。

 また、「診断書は今日中にもらいたい」と言われることも多いが、そうなると血液による生化学検査はできないことになる。無床診療所の圧倒的多数では同様の問題が生じているはずだ。

 要するに「いい加減な」診断書を書かねばならない状況に日々追い込まれているわけで、いい気持ちではない。これは外国人患者に限らず、日本人患者でも同じことではあるのだが……。

 さらに、「英文で書いてくれ」とでも言われれば、国際クリニックを謳っている僕のクリニックから他の診療所にお願いすることも難しくなる。それどころか、近隣の医療機関からこういうややこしいケースが紹介され、引き受けざるを得ない状況になることさえある。

 このように書いていると、読んでいる皆さんはきっと僕なら英文の診断書なんかお手の物と思われるのではないだろうか。

 実は僕自身、海外留学の経験もなければ、国内で英会話学校に通ったこともない。勤務医時代に国際学会で発表するために、自分で抄録や原稿を書いたという程度の英語レベルだ。

 医学部を卒業し、大学病院での研修が始まるまでの約2週間を利用してグアムからミクロネシアのヤップ、パラオを一人旅行したときには、初日のグアムで会話につまずいたぐらいの情けない英語力だったのだ。

著者プロフィール

1974年慶應義塾大学医学部卒。神奈川県大和市立病院外科医長、内視鏡室長、1985年からはインドシナ難民大和定住促進センター嘱託医を兼任。1990年に小林国際クリニックを開設。翌年、在日外国人への医療情報の提供や、日本の医療機関への外国人医療に関する情報提供、診療時の電話通訳を行うAMDA国際医療情報センターを立ち上げ、所長に就任。

連載の紹介

小林米幸の外国人医療奮闘記
日本の常識が通用しない医療——。それが外国人診療です。常識の違いに日々悩みつつも、「困ったときはお互いさま」をモットーに1985年から外国人を診療し続けてきた小林米幸氏が、実際に体感した国による文化や医療の捉え方の違いを紹介します。

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