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家庭医のライバルは「町内会長」だ!

2011/07/04

 私の米国での家庭医療研修は、「地域医療(Community Medicine)」から始まりました。これが実は、今でも忘れられない強烈な印象を残しています。

 日本で行われている地域医療研修というと、地元の開業医の診療を見学したり、へき地の病院や診療所で実習したりというので終わるのが一般的です。中には、保健所などへの訪問が組み込まれたプログラムもあるかもしれませんが、そうした限られた場に身を置くだけで、本当に「地域の医療を知る」ということになるのでしょうか?

長老による貧困地区ツアーで得たもの
 私の家庭医療研修は、1カ月が充てられました。最初はソーシャルワーカーとの作戦会議。この時に、訪問すべきこの地域の医療資源や関連施設について大まかに説明を受けます。普段の研修の場である高度医療機関から患者を送る先である療養病床やリハビリ施設、老人ホームや訪問看護ステーション、身体障害者施設や様々なNPO施設(例えばエイズ患者サポート施設や家庭内暴力被害者シェルターなど)、そして保健所や警察、消防署といった施設について、大まかな役割や見るべきポイントを説明してもらいました。その後、約2週間かけてそれらの施設を半日ずつ見学して丁寧に案内してもらうのです。その中で、地域の住民が医療を必要とする場合に、どのような流れで医療機関を利用するのかがよく分かりました。

 次の週は、地元の長老による地域ツアーでした。私が研修していた病院にはすぐ近くにEast Libertyという貧困地区があり、主に黒人が居住していました。この地区に長年住んでいる町内会長のような人が歩きながらその地域の歴史、特に貧困地区になるに至った経緯を教えてくれたのです。

 研修先病院は、鉄鋼の街として有名なピッツバーグにありました。第1次世界大戦の当時は鉄鋼業が非常に盛んで、人手不足を補うために南部からたくさんの黒人が移住してきたそうです。East Libertyは川に挟まれ平地の少ないピッツバーグで数少ない平坦なエリアで、そこに黒人銀座とも言うべき華やかな町が生まれました。鉄鋼が盛んな時期は、その地区だけで劇場が11もあったといいます。

 その後、鉄鋼業は衰退。黒人だけでなくピッツバーグからどんどん労働者がいなくなっていきました。その過程で貧しい黒人だけが地域に残され、今に至るまで貧困から脱却できない人たちが多く住む街として続いていると説明してもらいました。お金が無いということは、教育や生活態度にも影響し、結果として健康が損なわれがちになります。実際、その地域の住民の健康状態はひどく、特に食生活は本当に悲惨なものでした。肥満、糖尿病を中心に、生活習慣病が蔓延していたと言ってもいいでしょう。

地域は診療所や保健所にいるだけでは見えない
 そうした説明を受けた後、地域の教会に案内され、Soup Kitchenという日本でいう炊き出しの場面を見せてもらいました。教会で行われる様々なボランティア活動は非常に活発で、地域の住民がどうやって若い人達を貧困から抜け出させようとしているか、必死な様子が伝わりました。

 米国では教会が地域の住民同士を結びつける場になっているケースが多いのですが、コミュニティーと宗教の深いかかわりに驚きました。米国の教会には日本の公民館のような役割があるわけですが、そこに宗教がかわっているという時点で、日本で生まれ育った私には理解し得ないものがあるような気持ちになったものです。ただ、そこが実感できただけでも、この地域に対する理解が深まった証かもしれないとも感じました。同時に、こうした地域の人達の協力で我々家庭医は育てられているということも分かり、感謝の気持ちでいっぱいになったのを覚えています。

 最後の週は、地元で診療を行なっている家庭医の先輩達の診療所の見学です。同じ家庭医と言っても、地区によって、医師のキャリアによって、患者層はかなり異なり、様々な診療スタイルがあることを知りました。専門医とどのように連携しているか、実際に地域で診療する上で何が問題となるのか、じっくりと聞くことができました。そこで得た経験は、その後の研修での自分の目標を明確化する上で非常に役立ちましたし、今でも自分の診療を客観視するのに役立っています。

 「地域を知る」とは、「へき地を見る」ということでもなく、「診療所におけるプライマリケアの風景を知る」ことでもない。その地域の成り立ちや歴史、現在起こっていることや抱えている社会問題など、医療にかかわりがあるあらゆる側面を包括的に知ることなのだと、深く理解できるようになりました。

 さて、今回は、前回お話しした87歳の独居女性の話の続きです。

 認知症が心配で来院されたMさんでしたが、実際には認知症ではありませんでした。それどころか、年齢の割に非常にしっかりした方でしたし、詩吟を習っているということでアクティブな方でもありました。しかし独居で、健康を支えるための支援を隣近所の方との結びつきのみに頼っており、転倒のリスクや高齢者一般のリスク評価(Comprehensive Geriatric Assessment)が必要な状況でした。

 その後、外来に通っていただく中で、介護保険の申請を勧めました。Mさんの生活を地域として支える上では、様々な医療・介護リソースを利用する上での窓口役となるケアマネジャーのサポートがあった方が望ましいと考えたからです。介護保険の認定は「要支援1」となり、私は主治医としてかかわっていくこととなりました。

著者プロフィール

小嶋 一(手稲家庭医療クリニック院長)●こじま はじめ氏。2000年九大卒。沖縄県立中部病院などを経て03年渡米。ピッツバーグ大学関連病院勤務。米国家庭医療専門医、公衆衛生学修士。08年手稲渓仁会病院。09年より現職。

連載の紹介

【臨床講座】家庭医の作法
どんな時でもまずかかってもらえる医者、それが「家庭医」。住民には心強い存在であり、医師不足対策への処方せんにもなり得ます。本連載では、実例などを盛り込みながら、家庭医の果たすべき役割を考えていきます。

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