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連載第20回
抗菌薬のカルチャーショック

2006/05/02

 日本からオーストラリアに渡って、医療現場で最初にカルチャーショックに遭ったのが、抗菌薬の使い方である。ところが、しばらくしていろいろ違う国のことも聞いていると、実は、日本での抗菌薬の使い方こそが、他の国にとって「カルチャーショック」であることに気がついた。というわけで今回は、英国やオーストラリアの臨床現場での抗菌薬の使い方について紹介したい。

 私は新生児科医なので、臨床現場というと新生児集中治療室ということになる。新生児集中治療室は重症の新生児が診療を受けるところであるが、多くは早産で生まれた小さな「未熟児」である。早産は感染症が原因であることも多く、未熟児は免疫力も「未熟」であることも手伝って、抗菌薬を予防的に投与することも多い。

 予防的に抗菌薬を投与するときに困るのは抗菌薬の選択である。生まれる前の細菌叢を知っていればよいが、そういう場合は少ないので、通常は最も恐れている細菌、すなわち新生児ならB群連鎖球菌に対して、抗菌薬を選択するわけである。もちろん2番目に恐れているものへのたいおうなど融通を利かせる必要もある。

 オーストラリアでも英国でも、新生児の予防的抗菌薬の投与の第1選択は「ペニシリン」と「ゲンタマイシン」の組み合わせである。実は教科書にもそう書いてあるし、たいていの病院が教科書どおりのこういった組み合わせである。日本では、こういった薬はほとんど使われなくなった。ゲンタマイシンはまだしも、抗菌薬の代名詞的存在であるペニシリンは、日本ではめったに使われないと聞く。

 こう言うと、ペニシリンやゲンタマイシンでは、耐性菌が市中に多すぎて使えないという反論がありそうである。オーストラリアや英国では、新生児集中治療室に入室するときには、手洗いこそ励行するが、そのままの服と靴で入る。中でチョコレートを食べたりコーラを飲んだりもする。しかし、MRSAを見ることはまれである。

 おそらくこれは、普段の抗菌薬の使用頻度が少ないことと、旧世代の抗菌薬を大切に使い続けているためだと、筆者は考えている。実際、一般診療の中でも抗菌薬の使用頻度は低いし、使うものも基本的なもので、新しい系統の抗菌薬を処方することはほとんどない。

 外来でも抗菌薬を投与する機会はかなり少ない。風邪様の症状で来院した患者に対しては、所見や現病歴などから細菌感染を疑う理由がある場合に限って抗菌薬を投与するという方針がはっきりしている。へたに抗菌薬を処方しているのを同僚や他の医師に見られると「恥ずかしい」くらいである。そのため、常に投与すべき理由を自問自答しながら処方することになる。疑わしい例や判別がつきにくい場合には、血液検査をすることもある。

 抗菌薬に限ったことではなく、点滴も同様である。小児の嘔吐下痢症などで経口摂取が難しいという場合でも簡単に点滴はしない。体重減少や皮膚所見を確認して、何%の脱水かを診断し、全身状態を見ながらプロトコールに則って経口補液療法(Oral Rehydration Therapy)を実施し、ご両親に説明して家で継続してもらうのが普通である。

著者プロフィール

森 臨太郎(英国国立母子保健共同研究所リサーチフェロー)●もり りんたろう氏。1970年神戸生まれ。医学博士、英国小児科専門医。日本での小児科研修を経て、豪州にて新生児医療に携わり、英国にて疫学を修める。

連載の紹介

英国医療事情
英国で英国立医療技術評価機構(NICE)の診療ガイドライン作成に携わっている筆者が、疫学研究から政策立案、日常診療に至るまで、様々な視点で英国医療と現政権の保健医療改革をリポートします。

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