
この連載をお読みの先生方も、患者から「先生の顔を見たら治ってしまった」といわれたことがあると思う。この言葉が示すように、疾患は必ず精神的な要素を含んでいる。
誰しもけがをしたり、一過性の病気になると、気分が滅入ることが多いだろう。ましてや慢性疾患などで、なかなか治癒しないという状態であれば、私自身も通常の精神状態を維持できるかは自信がない。
糖尿病、脳梗塞、心筋梗塞、癌などの患者の15~60%がうつ状態にあるという報告があるように、病気がうつ状態を作り出す。またその反対に、「病は気から」といわれるように、精神的な問題が病気を作り出す。肉体と精神的疾患は表裏一体なのだ。
従って、患者からの訴えに対して、検査上では何も異常がなくても、「どこにも異常はありません。気のせいでしょう」「ストレスですね。体を動かしてストレスを発散してください」というだけでは、解決には至らない。病気の原因あるいは結果である、うつ病を臨床医がきちんと診断し治療することは、とても重要ではないだろうか。
63歳の男性が、息苦しさが消えないという訴えで外来を訪れた。カルテを見ると、気管支喘息で呼吸器科、胃潰瘍で消化器科、糖尿病で内分泌科、といずれも同院の診療科に通院中であった。実際、ピークフローも異常値を示したときもあったようだが、現在は息苦しいという訴えがあるものの、ピークフローは正常値を示し、喘息自体は落ち着いているようだった。血液ガスの検査値も正常値で、肺野において若干の喘鳴は聴取されたが、苦しい症状に直接結び付かない状態だった。そのため、いずれの科においても「息苦しい」という症状に対しては対処がなされず、そのまま経過を見ていたようだ。
また糖尿病もコントロールが悪いということもなく、多剤併用しているものの、まあまあのデータを示していた。胃潰瘍も現在は瘢痕程度で、それが原因となる症状はない思われた。