高齢の患者が浴室で給湯器具の使い方を誤り、全身熱傷を負って死亡しました。裁判所は看護師の入浴介助の義務は認めなかったものの、看護師による給湯器具の使い方の注意や説明が不十分だったとして、有責の判断を下しました。
患者(79歳女性)は2008年10月31日、両変形性膝関節症の手術のため、A病院に入院した。患者は、入院時の提出書類に「自分でできない動作」として、「歩行」「移乗」「浴槽に入る」「髪を洗う」「重い荷物を持つ」に丸印を付け、「体を洗う」には付けなかった。また、丸印を付けた項目については、「他者に手伝ってもらう」「自分なりに工夫している」の選択肢のうち「自分なりに工夫している」に丸印を付けた。
看護師Bが同日、本人と家族に対し、「入浴は普通のお風呂(小浴室)と介護用のお風呂がありますが、どちらにしますか」「1人でお風呂に入っていますか」と尋ねたところ、家族は患者が1人で入浴している旨を回答した。看護師Bは、「自分なりに工夫している」の具体的内容について質問することはなかった。なお、患者は歩行に際し、跛行はあったもののふらつきや膝折れはなく、独歩で病室とトイレを往復できた。
患者は入院後、喉の痛みなどを理由に入浴やシャワーを希望しなかったが、手術を受ける準備のため11月6日に入浴することになった。病棟担当の看護師らはカンファレンスを開き、小浴室で介助なしで患者に入浴してもらうことにした。
6日の午後2時ごろ、看護師Cが患者を浴室に案内し、「何かあったらナースコールを押すこと。浴室の鍵を閉めないように」と言ったが、それ以外の注意や説明はしなかった。浴室の浴槽には給水栓と給湯栓があり、給湯栓を開けると55~56℃の湯が蛇口から出る構造になっていた。また洗い場は給水と給湯の混合栓で、ハンドルを回して温度調整するタイプだった。患者はこれらのことを知らなかった。
看護師Cは、入浴時間枠である30分を超えた午後2時35分ごろ、患者が入浴を終えて戻っていると考えて病室に行った。しかし患者は病室におらず、看護師Cが午後2時40分ごろ浴室に見に行ったところ、浴槽内に倒れている患者を発見した。
発見時には浴槽の蛇口から55~56℃の湯が注ぎ込まれている状態だった。浴槽の水抜き栓は開いたままだったが、倒れた患者の体がそれを塞ぎ、浴槽には20~30cmほど湯がたまっていた。
患者は顔と頭を除く身体の90%に熱傷を負っており、心肺停止、意識不明の状態だった。直ちに治療を受け、一時は蘇生したが、11月7日午前4時46分に死亡した。
なお、患者は6月ごろから、入浴は洗い場の椅子に座って体を洗うだけで済ませ、浴槽には入らずシャワーも使用していなかった。患者の自宅では給湯温度が自動設定されており、給湯栓のみを開いても39℃以上の湯は出ず、給水栓を開いて温度調整する必要はなかった。また、患者には認知症を疑わせる言動などはなく、判断力に問題はなかった。
一方、A病院では患者の入浴に関する看護基準やマニュアルは作成しておらず、介助の要否などは担当するチームの看護師のカンファレンスで決定していた。浴室設備の使用方法については、患者に説明する看護師としない看護師が混在していた。
患者の遺族は、看護師が(1)入浴介助をしなかった、(2)浴室設備の使用方法を説明しなかった、(3)入浴時に患者の安全を確認しなかった──ことなどが原因で患者が死亡したとして、損害賠償を求めてA病院を開設する自治体を提訴した。