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判例解説●福岡地裁2012年3月27日判決
TIAを見逃し後遺症 循環器科医の過失を認定

2017/12/06
桑原 博道=弁護士(仁邦法律事務所)

TIA(一過性脳虚血発作)が疑われる患者が病院を受診。循環器科医が「異常なし」と判断したものの、その後脳梗塞を発症し、後遺症が残りました。裁判所は、医師がTIAと診断せず適切な処置を行わなかったとして、病院に慰謝料の支払いを命じました。

事件の概要

 本件は、専門外の医師がTIAを見逃し、その後、脳梗塞を発症した結果、感覚性失語のほか、重い片麻痺が残ったケースである。具体的な経過は、次の通り。

 患者Aは70歳の女性。B病院で本態性高血圧の診断を受け、その後も同病院に通院し、途中から循環器科のC医師が主治医となった。B病院は救急告示病院で、内科、循環器科、神経内科、外科、放射線科、リハビリテーション科などの診療科目があった。

 2009年3月3日午後9時ごろ、Aは、持ち帰りの食品を受け取るために自宅近くの居酒屋を訪れた。代金を支払うために財布から硬貨を取り出そうとした際、左手から硬貨を落とし、それを拾ってはまた落とした。また、顔面の片側が垂れ下がっている様子が見受けられた。

 居酒屋の経営者夫婦は、Aの様子が以前に店内で脳梗塞を発症した客の様子と似ていたため、Aの夫に連絡するとともに、119番通報した。

 ほどなくしてAの夫が到着し、午後9時6分ごろには、救急隊員も到着した。救急隊員がAに接触した時点では、歩行不能であったが、自覚症状はなかった。四肢のしびれや麻痺はなく、また、頭痛や吐き気、めまいもなかった。

 Aは、午後9時15分、B病院に搬送された。受け入れ時のAの状態としては、意識清明で、痙攣や麻痺はなく、顔色も普通で、臭気もなかった。

 消化器外科医である当直のD医師は、Aや救急隊員から、Aに意識障害はなく、会計の際、硬貨を出すときにボロボロとこぼれ、その様子を見ていた店員が脳梗塞を疑って心配し、救急車を呼んだ旨を聴取した。だが、それ以上の詳細な聞き取りはせず、Aの夫からの聴取もしなかった。

 D医師はAを診察し、血圧166/110mmHg、意識清明で、歩行障害がなく、腱反射、瞳孔反射ともに正常であることを確認した。

 D医師は、TIAは意識障害を伴うものと思っていたため、このケースはTIAではないと判断。Aの夫から「脳梗塞の疑いはないのか」などと質問されたが、同日は十分な検査ができないので、翌日検査を受けるように指示した。その上で、異常時は再診するよう伝え、Aを帰宅させた。

 Aは、翌3月4日、夫に送られてB病院を受診。主治医のC医師は、カルテを確認の上、脳の単純MRIのほかDWI(拡散強調画像)、脳動脈MRAの各検査の実施を依頼した。

 C医師がAに現症状を尋ねたところ、Aは「どうもありません」と答え、C医師は発症経緯についてAに詳しく尋ねることはしなかった。胸部聴診での異常所見や神経学的な異常所見は、C医師が確認した限りでは見られなかった。

 上記の各検査により、Aは陳旧性脳梗塞、多発性脳虚血と診断され、C医師は、居酒屋での支払時に小銭を取りこぼしたのは、以前の交通事故を原因とする左手指のしびれによるものであると考えた。

 またC医師は、前日診察した当直医が、D医師と同姓の別の循環器専門医であると勘違いしており、循環器専門医が脈拍の触診や心音、呼吸音、頸部音の聴取をした結果、異常所見なしとの結論に至ったと考えた。なお、C医師も、一過性の意識障害が表れるのがTIAと誤解していた。

 C医師は、4月8日の診察の予約をした上で、Aの診察を終了し、特にそれ以上の指示をすることなく、帰宅させた。

 3月17日午後10時ごろ、仮眠から目覚めた際、Aには、ろれつが回らないという症状が見られた。このときはそのまま就寝したが、翌3月18日早朝、自宅で倒れているところを家族に発見され、基幹病院のE病院に救急搬送された。

 搬送先の病院では意識障害、重度の感覚性失語、右上下肢麻痺が認められ、頭部MRI検査の結果、脳梗塞急性期と診断され、そのまま緊急入院となった。

 その後、治療が続けられたが、感覚性失語については、簡単な日常会話はある程度できるが、言葉や記憶が混乱することがよくある状態だった。右上肢は、腕を肩の高さまでかろうじて挙げられるものの、つかむなどの行為は全くできない状態。右下肢は、下肢装具着用にてかろうじて自力歩行が可能だった。

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