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判例解説●東京地裁2011年5月19日判決
胃亜全摘術後に胃潰瘍と判明、執刀医が有責

2017/09/25
平井 利明=弁護士(中村・平井・田邉法律事務所)

胃癌疑いで手術予定の患者の病変形態が、術前に変わりました。しかし、担当医は病変の変化を詳しく再検討せず、胃癌疑いのまま手術を実施しました。術後に胃癌でなかったことが判明し、担当医の過失が認定されました。

事件の概要

 女性患者(当時49歳)は2006年8月、A病院の消化器内科において上部消化管内視鏡検査を受けた。その結果、胃体中部小彎に台状挙上を呈する腫瘍性病変が確認され、肉眼的に2型(潰瘍限局型)胃癌と評価された。

 病理検査を担当していたB医師は、採取された生検標本(HE染色したもの)を検討するとともに、内視鏡的に2型胃癌と報告されていたことなどを総合的に勘案した上で、「壊死物に接して、比較的小型の核を有する接着性の乏しい異型細胞のシート状の増生を認める低分化腺癌」と判断し、グループ5(癌と確実に診断される病変)と診断した。この結果を受け、消化器内科のC医師は患者に、「低分化型の胃癌であり外科的治療が必要」と説明。9月6日に胃癌手術目的で入院となった。

 同月7日、外科のD医師が上部消化管内視鏡検査を行ったところ、前回確認された病変部の台状挙上は消失し、同部位に発赤した不整な粗造粘膜病変が確認された。D医師は発赤病変を0-2C型(表面陥凹型)と判断し、癌が粘膜下に浸潤したものと考えた。

 同月12日、患者はD医師の執刀により腹腔鏡下胃亜全摘術(幽門部側5分の4を切除)およびリンパ節郭清術を受けた。20日、摘出された胃の肉眼的病変部に癌細胞が認められなかったことが、病理担当者から消化器内科に対して口頭で伝えられた。26日、B医師は胃切除標本について病理診断を行い、肉眼的には胃体上部小彎側に境界不鮮明な0.5cm大の病変を認めるが、組織学的には明らかな腫瘍成分の残存はないと診断した。

 また、8月時点で採取していた生検材料に新たに免疫染色などを施して再検討した結果、異型細胞が見られるものの明らかな腫瘍成分が認められず、上皮系マーカーも陰性であったことから、B医師は胃癌の診断を訂正して「異型細胞・グループ3(良性と悪性との境界領域の病変)」とする旨のリポートを9月29日に発行し、最終的診断を胃潰瘍とした。10月16日、D医師は患者に対して胃癌の診断をグループ3に変更したことを説明した。

 A病院ではその後、胃悪性リンパ腫の可能性を考えて複数の外部医療機関に意見を求めた。結果、E大学病院病理部は「リンパ系の異型細胞であるが、反応性の変化である可能性が高い」とし、F病院は「良性反応性の異型リンパ球増生病変と考えてもよいものと思われるが、経過中に悪性リンパ腫の発生(顕性化)の可能性もあり厳重な経過観察が必要」との見解を示した。

 また、患者が後日受診したG病院血液腫瘍科は、「NKあるいはT細胞の増殖病変であり胃切除時には自然消退したもの」で、世界的にも直前に1例が発表されたのみの極めて珍しい疾患(リンパ腫様胃症)と診断した。G病院では本件に似た症例を3例経験し、全て同様の組織像・免疫形質・自然消退および無再発の転帰を示したことや、疾患概念が確立されている病変ではないといった見解も示した。

 患者はその後、医師らが胃癌と誤診したことに注意義務違反があるなどと主張し、A病院に対して約2670万円の損害賠償金の支払いを求めて提訴した。

連載の紹介

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