上部消化管穿孔の疑われる患者がCT検査を勧められ、腹痛のため拒否していたところ、処置の遅れで胃穿孔によりショック死しました。遺族は当直医らと病院を提訴。裁判所は開腹術の決断が遅れたとしつつも、死亡との因果関係については否定しました。
巨大結腸症などの既往を持つ女性患者(18歳)が数日来、心窩部痛や腹満を感じていたところ、2003年11月29日の夕食後に臍部あたりに張るような痛みを生じて嘔吐。救急車で被告医療法人が経営するY病院に搬送され、23時51分にA医師の診察を受けた。脈拍103回/分、血圧162/49mmHg、体温35.5℃で、腹部が膨満して固く、痛みで仰向けになれず、声も出ない状態だった。
A医師は翌日0時すぎまでに、静脈ルート確保、採血、ソルラクト500mLの点滴、立位、仰臥位でのX線検査、単純CT、造影CTの撮影を指示。しかし、強い腹痛のため、腹部X線は側臥位のみであり、CT検査は困難だった。白血球数は5400/μL、CRPは0.01mg/dL。
X線の所見では、多量のフリーエア、腸管内ガス像(特に大腸)、結腸の著明な拡張および小腸の拡張、気管分岐部直下までの横隔膜の挙上、鏡面像(腹水を示唆)が疑われた。A医師は、X線写真の著明なフリーエアや心窩部痛の訴えから上部消化管穿孔を疑い、常勤外科医のB医師、C医師に連絡を取った。
1時ごろ、B医師がCT検査を勧めたが、患者は「つらいから」と断った。1時30分ごろ、B医師は患者を外科に入院させたが、体温35.9℃、心拍数169回/分、血圧142/108mmHgで、胸部症状、呼吸苦はなかった。心窩部から腹部全体にかけての膨満は著明だったが、患者は「来た時よりは楽になりました」などと答えていた。
C医師も診察し、やはり上部消化管穿孔を強く疑いCT検査を勧めたが、患者は腹痛のため拒絶。当時、C医師には開腹手術の即時決定の認識はなかった。その後、B医師もCT検査が必要と告げているが、患者は痛みで難しいと返答。B医師は1時40分ごろ、鎮痛のためソセゴン(一般名ペンタゾシン)15mgなどを投与したが、やはり開腹手術を即時決定すべきとの認識まではなかった。患者はその後もCT検査を拒絶した。
160~170回/分台の頻脈が続いていたため、B医師は2時ごろ、脱水の可能性を考えてソルラクト500mLの点滴を指示。2時30分ごろ、同輸液を追加。この頃、患者は看護師の問い掛けに「大丈夫」と返答していた。
3時15分、12誘導心電図検査が行われ、心拍数は195回/分で不整脈が認められた。患者の承諾を得て、3時42分ごろに単純CTを撮影したが、不整脈があり2%キシロカイン1アンプルを静注したところ、患者は意識消失。造影CT撮影は中止された。
CT所見で大量の腹腔内遊離ガス像、胃や横行結腸を中心とした消化管の著明な拡張、消化管壁の多量ガス像、門脈内や下大静脈内の多量ガス像、大腿静脈・腎静脈内のガス像、大腸ガス像、ダグラス窩・肝周囲の腹水、胃内の食物残渣、気管分岐部直下までの横隔膜挙上を確認。患者は一度意識を回復したが、3時55分に頻脈のためワソラン(ベラパミル)2分の1アンプルを静注したところ、再び意識を消失。4時10分すぎごろ蘇生処置をするも、6時12分に死亡が確認された。
司法解剖で、死因は「胃穿孔によるショック死」とされ、「腹腔内にガスを容れる」「左右胸腔内に血性液貯留:左側450mL、右側150mL」「横隔膜の高さ乳線上で左側第3肋骨、右側第2、3肋間」「腹腔内に褐色液700mL、膿汁は認められず」などが確認された。
患者の遺族は、A、B、C医師には保存的治療を漫然と継続せず緊急手術の方針を決定し、可及的速やかに腹部CTなどの検査を行うか、直ちに試験開腹手術をすべきところ、これを怠った注意義務違反があるとし、医師らとその雇用者の医療法人に対し、総額約1億1300万円の損害賠償を求めて提訴した。