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判例解説●名古屋高裁2006年1月30日判決
乳児のヘルペス脳炎を疑わず、「先進性」「専門性」理由に有責

2014/03/17

 乳児の1カ月健診において、単純ヘルペスウイルス脳炎について十分注意する必要があったとして、医師の過失が認められました。その判断では、医療機関の性格(役割)と医師の専門がポイントとして重視されました。

【執筆】北澤龍也=弁護士(北澤龍也法律事務所)

事件の概要

 1989年11月1日、市立病院で実施された乳幼児健診で、乳児であった患者には、顔面・四肢と広範にわたる痙攣があり、夜には数秒間、右肩のピクツキが見られた。翌2日にも口や右上肢をピクピクさせていた。共同偏視の症状は認めなかった。

 11月1日に実施された頭部CT検査の結果は正常で、腰椎穿刺の結果はリンパ球優位の髄液細胞増多、髄液糖は中等度の低下を示していた。この結果からは、化膿性髄膜炎、ウイルス性髄膜炎、単純ヘルペスウイルス脳炎の可能性があった。

 11月2日に血液生化学検査が行われ、CRP値が陰性となったため、化膿性髄膜炎の疑いは除外された。同じく2日に脳波検査が実施されたが、その判読結果は8日まで明らかにならなかった。

 その後、患者は単純ヘルペスウイルス脳炎と診断されたが、これによって体幹機能に後遺障害を負い、日常生活において介護を要し、労働は全く不可能となった。

 患者とその両親は、11月1日、あるいはCRP検査の結果が出てほかの病気の可能性が排除された11月2日の時点で、医師は単純ヘルペスウイルス脳炎を疑うべきであり、その時点でアシクロビルを投与しなかった点に過失があるとして、病院を開設する市に1億円の損害賠償を求めて提訴した。

判決

 一審では、CT検査の結果が正常だったことや脳波検査の判読結果が遅れて参考にできなかったことなどを踏まえ、医師に注意義務違反は認められないとして、原告の請求を棄却した。これを不服として原告が控訴したのが、今回の判決である。

 判決ではまず、11月2日に行った脳波検査の判読結果が8日になって判明した点について、市立病院が「地区における小児科領域に関する先進的医療機関の1つであり、小児科常勤医が5人もいた上、脳波検査は新生児・未熟児医療に不可欠な検査であることからすれば、当日中に判読することが期待されていた」とした。

 また、鑑定人の「中枢神経系を侵す可能性の高いウイルスの1つとしてヘルペスウイルスがあり、各種ウイルスの中で治療薬があるのは唯一ヘルペスウイルスであることは、小児科領域に関する先進的医療機関の1つである市立病院の医師においては当然知っているであろう知見である」との意見も踏まえ、11月2日の段階で、単純ヘルペスウイルス脳炎について、その疑いがあるか否かについて十分注意をする必要があったとした。

 一方、鑑定人が「自分ならば11月2日のデータを見たときにはアシクロビルを使うという判断をしたのではないかと思うが、それは自分が感染症を専門にやってきたからできるのであり、一般の小児科医ではできなかった」との意見を述べたのに対し、判決では、市立病院は「NICUが設置され、当該地区における小児科領域に関する先進的医療機関の1つであり、当該医師も、小児神経学を専門としてはいないものの、小児科領域のうち未熟児新生児学を専門としていたのであるから、上記鑑定人の意見は採用できない」とした。

 以上を踏まえて裁判所は、11月2日の時点で単純ヘルペスウイルス脳炎を疑わず、アシクロビルを使用しなかった医師には注意義務違反があるとし、市立病院を開設する市に対して1億円の損害賠償を命じた(名古屋高裁2006年1月30日判決)。

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