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判例解説●大阪地裁2007年5月28日判決
若い医師がうつ病で自殺、病院に安全配慮義務違反

2014/02/03

 医師になって2年半の麻酔科医がうつ病になり、勤務病院で自殺しました。遺族は、過重業務がうつ病を発症・増悪させたのに病院は適切に対処しなかったと提訴。裁判所は諸事情を検討し、損害額を30% 減額して訴えを認めました。

【執筆】石黒敏洋=弁護士(札幌アライアンス法律事務所)

事件の概要

 原告らは、死亡時28歳だったA医師(女性)の両親で、被告病院は内科、外科などを標榜する350床の病院である。Aは2001年5月に医師国家試験に合格後、02年1月から死亡する04年1月まで被告病院で麻酔科研修医として勤務。同病院の麻酔科医はAとB医師の2人だった。

 Aは、04年1月13日、被告病院内で自殺を図った。

 それまでAは、平日は9時15分ころには出勤し、12時30分ころまで外来診療をこなしていた。毎週火・金曜日には昼食後に手術の麻酔準備(15分程度)をし、13時30分ころから手術に伴う麻酔施術を行い、術後はそのほかの業務に携わっていた。

 勤務を開始した当初は変わった様子はなかったが、02年3月、外来診療中に意識を消失して倒れた。以来、Aが単独で麻酔を担当することはなく、Bが必ず立ち会い、入院患者の診療、緊急手術に伴う麻酔などもBが援助していた。

 Aは03年2月にも、当直中にてんかん発作を発症。病院長は、規則正しい服薬と生活で症状をコントロールできるとして勤務を継続させた。業務は従前とほぼ変わらなかったが、当直、麻酔準備、緊急手術時の麻酔の多くをBが担当ないし立ち会う態勢を取り、Aは抗痙攣薬を服用するようにもなった。

 ところが、Aは3月末ころから気分の変調が顕著となり、うつ状態の出現と判断したBが何度か精神科の受診を勧めたが拒否。Aは8月から抗うつ薬の服用を始めた。Bは時折早退も促したが、Aは「病院の方が落ち着く」として帰宅しないこともあった。その後、Aの症状悪化を感じたBが精神科クリニックを受診させようとするも、頑として拒否。11月ころからうつ状態が激しくなったため、異動の方針が固まった。

 03年1月から04年1月までに、Aは18回の夜間当直勤務を担い、03年の外来患者診察数は1日平均1.81人で、そのほかはBが診察。同年の手術時麻酔の担当数は、全身麻酔357例中76例、腰椎麻酔17例中5例、局所麻酔73例中8例だった。

 04年1月5日朝、Aは辞職届と、「静かに過ごしていなくなってしまうので、探さないでください」というメモを残して所在不明となった。自殺を危惧したBが関係部署やAの姉に連絡したところ、Aから心配いらない旨の電話があり、翌6日から従来通り定時に出勤してきた。

 被告病院長は、異動までAを刺激しないよう勤務させるとBに伝えたが、ほかに指示はしなかった。Aは、6日は21時57分まで、7日は23時57分まで、8日は20時10分まで、9日は21時まで、10日(土)は18時55分まで勤務し、11日(日)は9時から翌12日(祝日)9時まで当直し、同日12時22分から19時54分まで外来病棟で勤務した。翌13日、Aは病院内で麻酔薬を静脈に注入して自殺を図った。遺書は見付からなかった。

 両親は、自殺は過重業務によるうつ病の発症・増悪が原因であり、病院はそれについて適切な対処をしなかったとし、被告病院に1億8800万円の損害賠償を請求した。主要な争点は、(1)被告病院における業務と自殺との相当因果関係の有無(2)被告病院の安全配慮義務違反の有無で、(3)過失相殺も問題となった。

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