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判例解説●東京地裁2008年9月11日判決
専門外の疾患で患者死亡、医師に診療契約上の過失なし

2014/01/06

 呼吸器内科を受診していた患者が医師の専門外の進行胃癌で死亡。遺族は、内視鏡検査などを勧めなかったとして医師を訴えました。裁判所は患者の主訴や診療経過などから、医師に診療契約上の債務不履行はないと判じました。

【執筆】田邉 昇=医師、弁護士(中村・平井・田邉法律事務所)

事件の概要

 2006年の死亡時に85歳だった女性患者は、1985年からA病院血液内科で高血圧と甲状腺機能低下の診療を受けていた。その後、夫が慢性閉塞性肺疾患(COPD)で呼吸器内科に通院することになったのを機に、98年4月13日から夫と同じ呼吸器内科のB医師に高血圧などの管理をしてもらうことになった。

 夫は2000年に死亡したが、患者はその後も月1回程度の頻度でBの診療を受け続けた。その回数は死亡するまでに計92回に上った。

 Bは、高血圧と甲状腺機能低下以外にも、患者の主訴に応じた治療を実施。主訴としては腰痛、全身倦怠感、便秘、胃の不調などが多かった。それに伴い、高血圧薬のアダラートや甲状腺ホルモン薬のチラーヂン以外に、胃腸薬のガスターやストロカインなども処方した。

 Bは01年4月から06年2月にかけて、「身体がフワフワする」「胃酸が上がってくるようだ」といった患者の主訴に応じ、計8回の腫瘍マーカー検査(CEA、CA19-9、SLX)も実施した。検査結果は、ほぼ正常値の範囲内だった。

 06年3月30日、患者が「胃から下腹部にかけて痛みがあり、便秘傾向である」と、いつもと違う訴えをしたので、BはA病院の消化器内科を紹介。腹部CTを撮ったところ、明らかな腫瘍は認められないものの腹水があり、悪性腫瘍が疑われた。

 そこで、消化器内科のC医師は4月5日にCT所見を患者に説明、精査のため入院予約をしてもらい帰宅させた。ところが、患者は2日後の7日、腹痛の増悪などでA病院を救急受診。精査の結果、ステージ4の進行胃癌(スキルス)と診断された。腹水からもクラスVの細胞が見られ、癌性腹膜炎を合併していた。

 患者は当初、A病院でTS-1による化学療法を受けていたが、食思不振が生じ、さらに敗血症を合併したので治療は中断。患者の希望で06年5月6日にD病院に転院し、TS-1を減量した化学療法を受けた。だが、6月2日、D病院で胃癌および癌性腹膜炎により死亡した。

 遺族らは、患者が05年夏ころから腹部の不快感などを訴えていたのだから、Bは消化器内視鏡などの検査を実施すべきだったと主張。「腫瘍マーカーが正常だから大丈夫」と言って、検査を受けさせなかったとし、Bの過失を訴えた。

 そして、患者が他病院の診察を受ける機会を失ったことなどに対する慰謝料3000万円のほか、患者の子どもたちへの慰謝料600万円など、計約5000万円の賠償を求めた。

判決

 東京地裁は、患者の遺族らの請求を棄却した(08年9月11日)。

 まず、患者がB医師に対し、癌が発症した場合の早期発見を繰り返し依頼していたかどうかを検討。これについてBは、患者から早期発見の要望を具体的に聞いた記憶はなく、内視鏡などの侵襲性のある検査を勧めても定期検診を受けているから必要はないと言われたと主張。裁判所は診療録の記載などから、Bの証言に格別不自然な点はないとし、早期発見を繰り返し依頼していたとする遺族らの主張を退けた。

 その上でBが患者に対し、診療当時の医療水準を満たした診療を行うという、一般的な診療契約上の債務以上に、癌の早期発見のための高度の検査・診療義務を負っていたとは認め難いとした。

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