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【連載第8回】
教授と病棟医長の板ばさみ――経験か理論か
ニコークリニック(佐賀県武雄市)理事長 田中 裕幸氏

2007/04/11

 私が医師になって、既に29年の月日が過ぎた。苦い思い出ばかりが脳裏に浮かぶのは、医師が常に満点を目指して頑張っている証拠であるといえば聞こえは良いが、実際は、医療訴訟を経験しなくてよかった、とほっとしているというのが正直なところだろう。

 もともと最初で最後の国家試験も8割程度の正答率だったのだから、間違いが起きても仕方ないと考えることもできなくはないが、しかし現状は、患者や家族に「時々の失敗はお許しください」とお願いできるはずもないのである。

 さて、1978年に長崎大を卒業後、九州大の皮膚科に入局した後、久留米大第三内科に転入した。丸1年たったころ、大動脈弁閉鎖不全症の50歳代の現役開業医を受け持つことになった。

 当時の久留米大第三内科では、手術後の患者は術前の主治医がそのまま受け持ち、退院までの心臓リハビリテーションを行っていた。ある日、術後のリハビリのためにエルゴメーターのべダルを踏んでもらって心電図チェックを行ったところ、明らかなST低下があった。つまり術前の心電図に近かったのである。

 そこで心音を聞き直し、大動脈弁の逆流音が確認されたため、急いで再手術の準備に入り、翌日に2度目の大動脈弁置換術が行われた。確かに、ここまでは私自身の最善を尽くしていたはずだった。

連載の紹介

苦いカルテ・幸せのカルテ
医師であれば、苦い思い、あるいは心の残るエピソードを体験されていると思います。これらの貴重な体験は、他の医師の教訓として生かすことができ、多くの医師の心の支えになるものと考えられます。「苦いカルテ・幸せのカルテ」は、こうした体験談を医師会員の皆様から募集、掲載していく企画です。

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