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【連載第3回】
患者家族の希望をかなえた終末期医療
飛岡内科医院(岡山市)副院長 飛岡 宏氏

2007/04/04

 2000年4月、介護保険が導入された。この話は、それ以前の話である。

 1995年夏。父の代より、高血圧症で診ていた87歳男性。それまでは、生き生きとしていたのだが、ある日突然、「最近、老いを感じる。歳を取ると何も良いことがない」と訴え出した。一般的な検査に異常所見なし。うつ状態とは見えない。妻には先立たれ、自宅で独居生活を5年続けている。子供たちは家庭を持ち、それぞれに独立し、大都市などで生活している。経済的にはゆとりのある状態である。

 同年秋ごろより元気がなくなり、痩せ始めた。1996年春には、体力低下により、通院することが難しくなった。このころには、見るからに覇気がなく、老化した感じが強いが、判断は正常に行える状態である。

 本人と家族へ、今後について相談した。この時の結果は
1)生活に関しては、岡山で立ち上がったばかりの、組織的なヘルパー派遣(現在の介護保険におけるヘルパー)を積極的に導入して対応する。
2)医療に関して、入院・入所ではなく、可能な限り、住み慣れた自宅で治療を行う。病状の変化があれば、その時に再検討する。
というものであった。現在の介護保険だと「要支援2」の状態である。このころ、患者さんは、ヘルパーさんと近くを一緒に散歩していた。そして、通院できなくなるまでは、外来通院してもらうこととした。

 1996年秋、寒くなりだしたころ、外来通院ができなくなったので、在宅医療の適応とした。最初は2週間に1回の訪問診療で経過を診ていた。要介護3の状態で日常の活動機能は保持されているが、トイレ、入浴に見守りが必要な状態になり、意志の決定も鈍くなっていたが、認知症の状態ではなかった。経口摂食量が減少してきており、本人と家族へ、今後について相談した。
1)必要があればヘルパーを増員してでも、このまま自宅療養を続けさせたい。
2)治療に関しては全面的に任せるが、点滴、持続導尿、経管栄養などの「管」を入れることなく、自然経過で診てほしい(家族からの希望が強かった)。

連載の紹介

苦いカルテ・幸せのカルテ
医師であれば、苦い思い、あるいは心の残るエピソードを体験されていると思います。これらの貴重な体験は、他の医師の教訓として生かすことができ、多くの医師の心の支えになるものと考えられます。「苦いカルテ・幸せのカルテ」は、こうした体験談を医師会員の皆様から募集、掲載していく企画です。

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