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連載◎癌治療の最前線から
患者に「あなたは税金を無駄遣いするだけでしょう」と言えるのか
適切な投与対象、投与法を見出すためにこそ注力すべき

2016/05/23
大阪大学大学院医学系研究科先進癌薬物療法開発学寄附講座教授 佐藤 太郎氏

 巷では抗癌剤の高額費用が話題となっています。これは薬価が高い抗PD-1抗体であるニボルマブが患者が多い肺癌に適応拡大したことがきっかけです。癌に携わる医師でさえも「日本が滅ぶ」といった煽る発言をなさる方もあり、困ったことになったと考えています。

 ニボルマブの登場は革新的で期待しています。消化器領域においては、胃癌を対象にした開発も進んでいます。年内にも第III相の結果が出るでしょう。また、別の抗PD-1抗体であるpembrolizumabも胃癌と一部の大腸癌を対象に開発が行われています。抗PD-1抗体が抗腫瘍効果を示すのは胃癌においては、10%から20%程度のようです。しかし、長期に投与できる、持ちこたえる患者が多いのも事実です。

効果が高く患者に楽なニボルマブは患者に長く寄り添える

 さらにニボルマブには副作用は楽という特長があります。臨床試験で感じたことは、サルベージラインでここまで効くのかと驚いた症例が少なくありませんでした。患者からも「今までの治療で一番楽です」と言う声が多く上がりました。

 現在まで、一部を除いて胃癌の抗癌剤治療は、強い副作用がある細胞毒性型抗癌剤が主流です。有効期間が限定的でしかも副作用が強いために、高齢者には行わない、最後まで使い続けることはしないという方法が自然に行われていました。

 抗癌剤治療に携わる医師は、少しの延命でも価値があると考えています。延長できた時間に病気のことを受け止めてもらう、やり残しを少なくしてもらうなどの貴重な時間を過ごしてもらうために、毒性を我慢して抗癌剤治療をやりましょうと患者に伝えてきました。

 患者は死ぬ間際であっても、もし治ったらという気持ちがあります。それが、「もう抗癌剤はやりません」と医師が告げると、患者やその家族は、頭では理解できても、精神面での大きな葛藤に苦しみます。

 ところが抗PD-1抗体は副作用が少ない。このことは、医師は、患者が亡くなるまで寄り添いやすくなるのではないかと考えています。副作用が少ない薬剤であれば亡くなる1週間前まで投与することもできます。

高額療養費制度でも払い続けられなくなる患者も

 ニボルマブの月間約300万円という薬価は確かに高いです。国家財政に与える影響も少なくないことも事実でしょう。だからといって、日本でニボルマブが胃癌に承認されたとして、80歳や90歳の胃癌患者に「私に使えないのですか」と聞かれて、医師が「いや、あなたはただ税金を無駄遣いするだけでしょう」とはとても言うことはできないです。国民皆保険になっている以上、医師が使うべきでないと言える論理的な根拠や指標もない状況だからです。

 費用が高いこと、しかも長期投与できる場合があることは、国家財政だけでなく患者自身にもお金の問題を引き起こします。

 抗癌剤の費用を含めた医療費は、健康保険高額療養費制度によって、患者の負担額は、市区町村民税が非課税である低所得者で月額3万5400円、標準報酬月額26万円以下で月額5万7600円、それ以上だと月額8万円以上になります。ニボルマブは月額で300万円程度かかりますので、いくら薬価が下がっても、個人の負担はほとんど変わりません。

 我々は今まで患者に、費用はかかりますが高額療養費制度である程度の枠に抑えられますと伝えてきました。払えないという患者は少なかったです。3カ月から4カ月であれば多少のお金でも頑張れるという患者が多かったですが、1年から2年間支払い続けられるかと考えると難しくなることもありえるでしょう。9割は下流老人になるかもしれないと言われている時代で、連れ合いのためにも自分の治療はできないというお年寄りが出てくるかもしれないです。

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