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特集◎医療事故調で現場はどうなる(2)シミュレーション
もし「予期せぬ死亡事故」に直面したら…

イラスト:タカセマサヒロ

 2015年11月某日、X県Y病院の消化器外科医局。今年40歳になる消化器外科医のA氏は、沈痛な表情を浮かべ立ち尽くしていた。彼を取り囲むように、診療科長や同僚が立っている。

 「で、Pさんの死亡は予期していたのか?」

 沈黙を打ち破るように診療科長がA氏に尋ねた。A氏は机の上に散乱する手術記録を確認しながら答えた。

 「昨日17時に手術を終了していますが、術後のバイタルも安定していましたので……。突然容体が悪化してしまい、正直なところ驚いています。そもそも難易度の高い手術ではありませんでしたから……」

 Pさんは73歳男性、ステージIIBの胃癌患者。リンパ節転移はない。昨日、A氏が執刀医として胃の全摘術を行い経過は良好に見えたが、今日になって急激な血圧降下が起きた。緊急再手術を行ったところ、腹部に出血を確認。胃の縫合不全は否定されたものの出血部位は特定できず、3時間ほど前に処置のかいなく死亡した。

 「そうか……。取りあえず院内の医療安全対策室に連絡して『医療事故調査』を行うべきかどうか判断を仰ごう」

 そう言うと診療科長は電話の受話器を手に取った。

 A氏はこれまで、医療事故調査制度の存在を全く知らなかった。診療科長の話によると、今年10月に始まったばかりの制度で、医療機関で「予期せぬ死亡事故」が発生した場合、第三者機関への報告と院内調査が義務付けられたのだという。

 それから2時間後に、院長も同席する緊急会議が開かれた。そこにはA氏、診療科長のほか、医療安全対策室のメンバーらも顔をそろえた。会議の冒頭、医療安全対策室長のB医師が事故調制度について説明を始めた。

カルテには出血リスクの記載なし
 「医療事故調査制度では、医療に起因する予期しなかった死亡事故が発生した場合、『医療事故調査・支援センター』という第三者機関に報告した上で、院内調査を行うことになっています」

 A氏は「予期しなかった死亡事故」の定義が分かりにくいと思い尋ねてみたが、死亡リスクをカルテに記載したか、または患者に説明したか、そうでなければ現場医療者や専門家から見て「予期しなかった」と認められるかで判断されるとのことだった。

 「で、カルテには出血に関する記載はあったのか?」

 医療安全対策室長が尋ねてきたのでA氏は答えた。

 「いえ、カルテには書いていません。ただ、手術同意書には出血のリスクが書いてあって、その際は輸血同意書ももらっていますし……」

 すると、診療科長が重々しい口調で指摘してきた。

 「昨日の時点で、取りあえず手術はうまくいった。なのに今日、Pさんは急変して死亡した。たとえ出血リスクについて同意書に書いてあっても、現時点ではどこから出血したか特定できていないわけだし、『予期しなかった』と考えざるを得ないのではないか」

 考え込む一同を前に、院長の方に向き直った診療科長は続けた。

 「なぜ患者さんが亡くなったのか、その原因を究明し、二度と同じことを起こさないようにすることが今回の制度の目的だと聞いています。私は今回の症例を『予期せぬ死亡事故』と判断すべきだと考えます」

 しばらくの沈黙の後、院長は意を決したように言った。

 「分かった。念のため第三者機関に報告しよう」

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