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特集◎教授はつらいよ(4)それでも教授になる理由
意外に多い「周囲に勧められて」教授選に立候補

 教授就任までの経緯も昔とは違うようだ。教授のイメージ調査では、「派閥争いの勝者」を挙げる回答が多かった(「『白い巨塔』とは大違い、失墜する教授の権威」図1参照)。『白い巨塔』における、助教授の財前五郎が教授選を勝ち抜くため権謀術数の限りを尽くす様はあまりにもよく知られる。しかし現在は、「派閥争いの勝者」という見方は正しくないようだ。

 宮地氏は、「開業医である親の跡を継ごうと考えていたので、医学部卒業後、大学病院ではなく天理よろづ相談所病院で臨床研修を受けた。その後、ひょんなことから教授になった」話す。宮地氏は、研修後に京都大皮膚科教室に入局。講師に昇進し、天理よろづ相談所病院の部長に就任した。それから周囲に勧められて群馬大の教授選に立候補し、選出された。「研究の業績が一番あったということだったが、若い頃に集中して研究を行い、市中病院で臨床をしていたので、バランスが良いと思われたのかもしれない」と推察する。

 昭和大の板橋氏は、新生児の集中治療を専門に手掛けてきた。「実は本当に教授になりたいと思った時期はなく、『新生児の集中治療ができる環境があればよい』と考えていたのだが、大学の小児科OBに勧められて教授選に立候補した」と語る。

 このように、勧められての立候補が少なくない。「『俺は絶対に教授になるんだ』と目上の人にペコペコ頭を下げていたタイプはあまり教授にはなっていない」と宮地氏は印象を語る。京都大医学部の同期生約100人のうち約20人が全国の大学教授に、5人が京都大教授に就任したが、研究が好き、臨床が好きという人が結果的に業績を評価されたという。

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