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特集◎大震災は医療をどう変えた 3年後の現実(1)
【気仙沼】根付いた在宅医療、急性期病院にも変化

 東日本大震災から3年が経過した。未曾有の大震災は、日本の医療提供体制の様々な問題点をあぶり出した。被災直後は、DMATをはじめとする災害医療体制に注目が集まった。しかし、大津波による溺死者が9割以上を占め、阪神・淡路大震災を機に整備された超急性期を想定したシステムは十分に機能せず、災害医療の専門家たちが手をこまぬいたことはまだ記憶に新しい。

 しばらくたつと医療は新たな局面に入る。亜急性期、慢性期に医療ニーズは移行、病医院の閉鎖や交通機関の途絶によって高齢の在宅患者が急増し、医療と介護との連携の必要性が高まっていった。日経メディカルの取材班が最初に被災地に入った4月初旬はまさにこの時期だった。全国各地から集まった医療支援チームの奮闘ぶりと、壊滅した医療提供体制をどう再構築するかを模索する現場医師たちの声を伝えた。

 本誌はその後も、医療復旧の過程を気仙沼、釜石、南相馬などを“定点”として取材を続けた。ほどなく、被災地の医師たちは、震災によって、日本が将来直面するであろう医療・介護問題が前倒しで顕在化したとの認識を持ち始めた。復旧に向け、限られた医療資源をどう再編し、急性期偏重から慢性期、在宅医療中心の医療にどうシフトしていくかー。医療と介護のシームレスな連携をどう進めるかー。被災地は、全国のどこよりも早く、その難題の解決に当たらなければならなくなったのだ。

 そして3年…。本誌は定点観測してきた被災地を再び訪れ、その地の医療と医師を改めて取材した。瓦礫は撤去されたものの、「復興」というにはほど遠い風景が広がる沿岸部。しかし、そこには熱意あふれる医師たちによって、着実に“進化”を遂げた医療の姿があった。


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