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特集◎認知症は病気じゃない 《Vol.4》先達に学ぶ(3)
「家から出す」ことも治療の一環
内田病院理事長 田中志子氏

たなか ゆきこ氏●1966年生まれ。帝京大卒。群馬大病院第一内科勤務を経て、2004年介護老人保健施設である大誠苑施設長、10年医療法人大誠会副理事長、11年から現職。日本慢性期医療協会常任理事。

 近年、世界の認知症ケアの基本となっているのが、「パーソン・センタード・ケア」と呼ばれる考え方だ。一律のケアを流れ作業のように提供するのではなく、ケアに当たってその人の個性や価値観を尊重しようという理念であり、1990年代に英国の社会心理学者によって提唱された。

身体拘束を解いて回る日々

 内田病院理事長の田中は当初、パーソン・センタード・ケアの理念を頭では理解していた。しかしある時からそれを、体感的に理解できるようになったという。現在田中は、この理念を「自分がされたくないことはしない」と解釈し、加えて「本人がどうしたいかに耳を傾けること」だと考えている。だから、通常の診療で患者に聞くのは、「今、気持ちいい?」と「どうしたいですか?」の2つ。これまで田中が実践してきたケアもそれと同様で、患者がされたくないことを止め、患者が楽しめることを増やすという極めてシンプルなものだ。

 結婚を機に医局を出た田中は95年、父親が理事長を務めていた内田病院に勤め始めた。その実家の病院で、一般病床や老人保健施設の認知症専門棟に入院していた高齢者の多くが点滴などのために身体拘束されている光景を目にする。当時同院は、有床診療所から病院と老健へ転換したばかり。外科医の父親は手術や当直で手一杯で、病棟管理もスタッフ教育もおざなりだった。

 「これは間違っている」と考えた田中は、その日からひたすら拘束を解いて回った。しかし夕方病棟を回ると患者は再び拘束されている。多くの看護師にとっては、拘束するのが当たり前になっていた。拘束を見つけては解き、見つけては解きという看護師とのいたちごっこは半年ほど続いた。

 そんな時だ。認知症を患い、気力も全く感じられなかった女性患者の拘束をいつものように解いていたところ、患者と目が合い、小さな声で「ありがとうね」と言われたのだ。これまで重度の認知症患者が、こんな風に能動的に振る舞えるとは考えておらず、田中は自分の思い違いに気づく。注意して見てみると、多くの患者と目が合った。田中はその時、働きかけが人を変えられるかもしれないと感じた。

 ちょうど同じころ、糖尿病で認知症の女性が入院することになった。女性と同居していた夫が持病で別の病院に入院することになり、女性一人では火の始末が不安と考えられたからだ。女性には「糖尿病が悪くなったから入院しましょう」と説明していたが、血糖コントロールに問題はなかった。いわゆる社会的入院だ。ところが病院に来るなり女性は、「嘘つき! この前、どこも悪くないと言ったじゃないか!いろんなことが分からなくなっていく不安な気持ちが、あんたには分からないでしょう!」と叫んだのだ。認知症患者には病識がないと考えていた田中は、女性の言葉に驚いた。

 「なぜ家に帰りたかったのか、何が不安だったのか、あの時もっと聞いていれば、何かができたかもしれない。きっと居心地が悪かったんだと思う。でも、多くの認知症患者との出会いを通じ、『やればやるだけ良くなる』と確信して認知症のケアにのめり込んだ」と田中は振り返る。

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