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日経メディカル2012年10月号「特集 医師人生の岐路と選択」転載 Vol.3
ポスト争いの激化を避け開業へ
Part1 医師6人の転機と決断【開業 その1】

道浦クリニック(和歌山市)院長
道浦準氏(52歳)
1960年和歌山県生まれ。85年自治医大卒。和歌山県立医大消化器外科に入局し、町立高野山病院、清水町粟生診療所、有田市立病院を経て96年に道浦クリニックを開設。

 道浦クリニック院長の道浦準氏が開業したのは1996年11月、36歳の時だった。消化器外科医になった当初は開業は頭になく、定年まで勤務医を続けるつもりでいた。だが、年齢を重ねるにつれて出世争いが現実味を帯び、嫌気が差して開業に踏み切った。

 道浦氏の開業直前のポストは、有田市立病院の消化器外科医長。「このまま勤務医を続ければ中小病院の副院長にはなれるだろうと思ったが、それ以上の出世は望めなかった」と言う。県内の主要な病院の院長は、和歌山県立医大や京大などの元教授・助教授が就任するケースが多く、より上のポストを望むのであれば、大学で昇任する必要があった。

 だが、そのためには同僚とポストを争うことになる。「入局してから教授選が2度あったが、敗れた先生は医局とのつながりが薄れていった。それでは寂しいと思った。自分が当事者にならなくても、こうした争いを目の当たりにするのは嫌だった」と道浦氏。「40歳を過ぎれば、ますます競争は激しくなるだろう」と考え、開業を意識し始めた。

 子どもの進学も開業を考える契機になった。大学の関連病院は和歌山県内のほか大阪府南部にもあり、勤務先が変わるたびに子どもを転校させるのはかわいそうだと感じたという。そこで、開業を決意した。

 しかし、いざ診療所を開設しても簡単には軌道に乗らなかった。和歌山市内の実家近くに胃腸科、外科、肛門科、内科、放射線科を標榜して開業したものの、外来患者が1日10人にも満たない日が続いた。実は、徒歩圏内だけでも競合する診療所が7~8カ所あったのだ。

 数カ月たっても、患者は思うように増えなかった。「さすがに何か打開策を考えなければ」と思い、注目したのが在宅医療だった。時間がない、手間が掛かるなどの理由で、在宅医療を手掛ける診療所が少ないことに気づき、需要があると考えた。

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