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日経メディカル2011年10月号「この人に聞く」(転載)
『ランセット』編集長が語る、日本の医療、2つの弱点
リチャード・ホートン(『ランセット』編集長)

Richard Horton
英国ロンドン生まれ。1986年英バーミンガム大医学部卒業。バーミンガムで研修を終えた後、Royal Free Hospitalの肝臓内科に勤務。90年に編集補佐として『ランセット』に就職。95年から現職。
写真:秋元 忍

 『ランセット』が特定の国・地域の医療をテーマに特集号を出すのは、メキシコ、中国、パレスチナ、南アフリカといった例はありましたが、先進国では日本が初めてです。「なぜ日本か?」とよく聞かれます。それには公式と非公式の2つの理由があります。

 まず公式の理由から。今年50周年を迎えた国民皆保険制度や、きめ細かい公衆衛生対策などによって、日本が戦後、短期間で長寿社会を実現したことです。そして今、急速に高齢化が進展する中、様々な課題に直面し、それを乗り越えようとしている。世界各国が日本から学ぶべきことは非常に多いと考えます。日本が実現した成果と、今抱える問題を世界に伝えれば、日本はグローバルヘルスの分野で大きな貢献ができるに違いないと考えたのです。

 非公式な理由は、単純に私自身が日本が大好きだということです。私の父は1946年、英連邦占領軍の一員として広島を訪れ、町の復興に携わりました。父が撮影した、原爆で何もかもなくなった広島の町の写真を、子どもの頃に幾度も見せられました。それは大変衝撃的な体験でした。何もない町なんて見たことがなかったからです。父は帰国すると親日家になって、日本から持ち帰った置物などを家中に飾るようになりました。私は、そんな家に生まれ、成長し、遠い英国から日本が高度成長を遂げるのを「あの廃虚からどうしてここまで復興できるのだろう」と驚きを持って眺めていました。

 つまり、この特集号は、私が子どもの頃に非常に大きな影響を受けた国に対して、深い敬意を表す個人的な手段でもあるのです。

 執筆陣の取りまとめなど大変な労を取っていただいた武見敬三先生(日本国際交流センター・シニアフェロー)と、当時WHOにおられた渋谷健司先生(東大医学系研究科国際保健政策学教授)に「『ランセット』の日本特集が実現したら素晴らしいと思わない?」と最初に話したのは約3年前のことです。その後、チームを編成していただき作業を開始、昨年9月には論文の査読会議を東京で開き最終的な編集の詰めに入りました(「『ランセット』が日本に注目」(2010.10.12)参照)。

 そんな折、今年3月に東日本大震災が起き、執筆者の中には被災地入りする先生もおられ、作業に黄信号がともりました。でも、皆さんの尽力のおかげでなんとか今年発刊にこぎつけることができて非常によかったと思っています。というのは、国民皆保険50周年がまさに2011年であること、そして、被災地の医療復興に向けて、この特集号が強いメッセージを発信できると思ったからです。

 私が考える日本の医療の最大の強みは、1961年以降、国民皆保険制度が50年間にわたって堅持されてきたことです。この制度は日本の社会に公平感、連帯感をもたらし、長寿世界一を達成する上で大きな原動力となりました。最近ですと、2000年の介護保険制度導入も大きなイノベーションだったといえます。しかし、弱点もなきにしもあらず。私は2つの大きな弱点があると考えています。

 1つ目は、日本人の健康にこれだけ貢献してきた国民皆保険制度が、高齢社会の到来、雇用形態の変化、官僚主義などによって殺されかけているということです。全国に3500もの保険者が存在し効率性が落ちています。保険者によって保険料が大きく異なり、格差が拡大しています。特集号では、保険者を都道府県レベルで統合し、保健医療資源の配分や財源について権限と責任を都道府県に移譲せよ、といった踏み込んだ提言をしています。とにかく、抜本的な構造改革が喫緊の課題です。

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