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【日経メディカル1月号特集連動企画◆時代はオーバー55開業 vol.3】
「稼げ、稼げと病院から尻をたたかれるくらいなら…」
いくせ皮フ科クリニック(東京都品川区) 幾瀬 伸一氏

幾瀬伸一氏。1968年東邦大医学部卒。同大大森病院皮膚科、社会保険都南総合病院皮膚科部長を経て、2002年に58歳でいくせ皮フ科クリニック開設。(写真:柚木 裕司)

 2001年、社会保険都南総合病院の皮膚科で部長を務めていた、当時58 歳の幾瀬伸一氏は、「さて、どうしたものか」と考え込んだ。病院に移転の話が持ち上がり、その際、収益性の高い内科、外科、整形外科のみを残して、それ以外の眼科、耳鼻科、泌尿器科、皮膚科を閉鎖するという方針が病院側から各科の医師たちに言い渡されたからだ。

 新しく勤務する病院を探そうかとも思ったが、全国的に病院経営が年々苦しくなる中、院内で収益性が高くないと見なされがちな皮膚科には、他院でも廃止のうわさが流れていた。「うまく見付かっても『稼げ、稼げ』と尻をたたかれるのは目に見えている。それなら…」。60 歳を目前にして開業を決意した。看護師資格を持つ夫人が、事務長兼看護師をやると言ってくれた。

 2002年に開業したいくせ皮フ科クリニックが入居するビルは、JR京浜東北線・大井町駅前の商業地区にある。都南総合病院からは徒歩5分ほど。自宅は1 駅先だったが、大井町で開業することに迷いはなかった。もちろん、病院で自分が診ていた患者がクリニックに来てくれることを期待した。

 通常は、勤めていた病院を退職して近隣に開業する場合、病院から「患者を連れて行く」ことであつれきが生じやすい。だから病院との関係を維持しながら、患者に自分のクリニックに来てもらうことに腐心することになる。

 しかし都南総合病院の皮膚科は閉鎖されるのだから問題はなかった。その意味で幾瀬氏の開業は、自分を信頼してくれる患者を多く持つシニア医師が開業する際のメリットが、十二分に発揮できたケースだったといえる。

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