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日本人として誇らしい、ある感染症への勝利
寄稿◎堀越裕歩(WHO疫学コンサルタント)

2019/12/19

ほりこし ゆうほ氏○WHOの感染症疫学の専門家。アフリカのナイジェリア勤務。ポリオウイルスなどのワクチンで予防できる疾患のサーベイランス、ワクチン接種の地方行政のサポートを行っている。2010年から2019年には、東京都立小児総合医療センター感染症科で勤務。同院で小児感染症の教育プログラムを立ち上げ、日本小児感染症学会の専門医制度の創設にも携わった。

 回旋糸状虫(Onchocerca volvulus)。この寄生虫感染症による疾病負荷が高いのはサハラ砂漠の南の国で、中でもナイジェリアが最も高かった。日本の人口の約4割に相当する5000万人のナイジェリア人がこの病気のリスクにさらされていた。

 この感染症は吸血昆虫のブユ(Blackfly)が媒介する。寄生幼虫に感染したブユ(Blackfly)が人を刺すことで、幼虫は人の皮下に潜り込む。幼虫は皮下で2回脱皮を繰り返して、数カ月で成虫となる。成虫の周りの皮下組織は反応性炎症を起こし、皮下結節を形成する。メスの成虫は、1日に500~1500のミクロフィラリア(子どものようなもの)を周囲の皮膚に放出する。大量の場合、体内のミクロフィラリアの数は1億にもなることがある。感染者がブユに刺されると、皮下にいるミクロフィラリアも血液と一緒に吸われ、ブユの中で感染性のある幼虫になる。そのブユが次の餌食になる人を刺すことで感染が広がっていく。

 人の中でメスの成虫は10年前後、ミクロフィラリアは1~2年と、長い間、生き延びる。ミクロフィラリアは主に皮膚に潜み、皮膚から目に移動することもある。このミクロフィラリアが死ぬと、周囲組織に反応性炎症を起こして、皮膚にひどい痒み、目で炎症が起きると失明することもある。現地では、慢性炎症で苔癬化して厚くなった皮膚をトカゲの皮膚、毛包周囲の色素を残して色素が脱色して黒い斑点が残ったのをヒョウの皮膚と呼ぶ。

 流行がひどい地域では成人のほぼ全員が感染し、そのうち1割以上が失明したという時代もある。ちなみに、さほど流行していない地域では通常、失明率は1%未満である。この感染を媒介するブユが河川流域に生息することから、河川盲目症とも呼ばれる。

 かつては、この病気で盲目となった親の手を子どもが引き、街で物乞いをする姿は珍しくなかったという。親が盲目になって仕事ができなくなると、子どもが家計を助けるために学校に通えなくなって、教育機会も奪われる。教育の格差は貧困の負の連鎖を引き起こす。河川流域は本来、水源に恵まれて肥沃という農業に適した土地なのだが、住民たちはこの病気を恐れて河川から離れた場所に住むようになり、農業生産にもダメージを与える。このように回旋糸状虫症は長い間、西アフリカの人々の生活のみならず、社会を脅かす風土病として恐れられていた。

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