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寄稿◎弁護士が考える「医師の働き方」(下)
医師の「働き方改革」に向けた4つの論点

2017/06/13
三谷 和歌子=弁護士、田辺総合法律事務所

 「働き方改革」は、医師については5年間適用が猶予されるとともに、医療界も参加して新たな制度を検討し、結論を出すことが求められている。社会から求められる医療サービスを維持するためには、医師の働き方の特殊性を踏まえた合理的な制度を検討することが重要であり、さまざまな立場から意見をぶつける必要があるだろう。

 前回は、医師の特殊な労働について考察をしたが、今回は今後の議論で論点になると予想されるポイントを整理しておきたい。

(1)応招義務との関係

 医師には応招義務がある。医師は「正当な事由」がない限り、患者の診療の求めに応じなければならない。医師法第17条に定められた医師の義務である。

 従前、医師は、診療を求める患者が目の前にいれば、自らの長時間労働を厭わずその患者を診療していた。ところが、長時間労働を厳格に規制すると、当然、医師は労働時間の上限を超過して働いてはならない。したがって、患者の診療の求めを拒絶してはならない、という定めを守ることができなくなる。つまり、診療の義務を免除する「正当な事由」の1つとして、医師個人の長時間労働が含まれると解釈し、診療拒絶を可能にする必要が出てくることになる。

 「正当な事由」の解釈には種々の見解があるが、筆者は概ね、救急医療については事実上診療が不可能な場合に限られるが、それ以外の通常医療については「社会通念で判断してよい」と解釈するものと考えている。しかし、現在のところ、医師個人の長時間労働自体を理由として「患者を診療しなくてよい」とする見解は見当たらない。

 今後、「働き方改革」によって、医師の長時間労働を罰則をもって規制するのであれば、診療拒絶の「正当な事由」の1つとして、「法令で定められた労働時間数を超過していること」も加わることにならざるを得ないのではないだろうか。すなわち、労働時間が超過していれば、目の前に患者がいても、医師は診療しなくてよいどころか、診療してはならないということになる。そうした帰結を、医師も患者も受け入れることができるかどうかを検討する必要があろう。

 なお、応招義務は、医師法に規定されていることから分かるように、専門家たる医師個人の義務であると考えられてきた。しかし、医師個人に義務を負わせるのではなく、地域医療全体で患者の受診の求めに応じる義務として再構成すべきとの見解もある。十分傾聴に値する意見であり、新たな法律の制定も含め、検討を進めることも一案であろう。

(2)医師の増員

 医師個人の応招義務と残業時間上限規制との衝突を回避しようとするのであれば、各医療機関で稼働する医師の人数を増やすことが考えられる。現状、「通常勤務→当直→通常勤務」という32時間連続勤務となることは決して珍しくないが、当直を労働時間とみなす場合、当直をアルバイト医師に委ねたり、当直の前後どちらかを休みにするなどすれば、各医師の労働時間を短縮することができる。
 
※なお、今回の「働き方改革」では努力義務にとどまったが、「勤務間インターバル制度」(前日の終業時刻と翌日の始業時刻の間に一定時間の休息を確保する制度)の導入も推奨されている。この制度が導入されれば、上記のような32時間連続勤務は認められなくなってくることに注意が必要である。

 しかし、そうすると当然のことながら人件費の増加は避けられず、一方で病院の収入のほとんどを占める保険診療の診療報酬はその額が定められているため、人件費の増加はそのまま病院の経済的負担に跳ね返る。また、「医局」が医師の配置を事実上支配していたころであれば、適正人員を医局が采配することもできたかもしれないが、現在、医師の採用は各病院の自助努力も期待されていることから、人員確保自体にも、人材紹介業者の利用などの費用を要することになろう。

 このように、医師の採用を増やせば、病院の人件費関連費用が跳ね上がることは必至だ。しかし、赤字病院が多数に上るとされる中で、さらなる経費の増加には決して耐えられまい。病院としては、診療報酬の増額を要望するが、医療費抑制が強く要請される中で、その実現は厳しいことが予想される。

 この点、人件費を抑制しつつ医師を増員する方策として、医師全体の人数を増加させることが考えられる。しかし、医学部定員の急増は医療の質の低下を招き、また、歪な医師の人口ピラミッドが形成されることによるリスクは計り知れない。さらにいえば、これから医学部定員を増やしたとしても、実際に一人前の医師になるためには最低でも医学部6年+臨床研修2年の8年かかるため、「働き方改革」の施行には到底間に合わない。このほか、医師を増員せずに医師の負担を減らす方策として、医師の業務を切り分け、医師免許を要しない業務から医師を解放したり、新たな資格制度を設け医師の業務の一部を分担させるという構想もあるが、分業がどこまでうまくいくのか未知数である。

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