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タイの医療ツーリズムの実態と国際医療交流の勧め(その2/2)
日本は医療ツーリズムより国際医療交流を
前在タイ日本国大使館経済部一等書記官 山下 護

2012/07/13

 前編(その1/2)で説明したようなタイメディカルツーリズムの実態を知るにつれ、筆者は、タイと日本との単純な比較には意味がないと考えるようになった。国民皆保険によって、所得の多寡にかかわらず平等に医療が提供されることが基本になっている日本では、自由診療が中心の富裕層や外国人患者だけを対象とした病院経営を行うことは現実的に難しいからである。

 それでも筆者は、我が国の医療をもっと世界に開くための「国際化」をさらに進めるべきだと考える。その理由は、(1)感染症が国境を越えて押し寄せる中、世界の動きに遅れることは日本の安全保障上も問題であること、(2)治療技術の世界標準化が進められる中、我が国だけが乗り遅れることは日本の医療水準の低下につながりかねないこと、(3)医療の国際化によって日本の質の高い医療機器や医薬品が海外で普及すること──である。

我が国が目指すべき国際医療交流
 まず(1)であるが、2009年の新型インフルエンザを例に取るまでもなく、新興・再興感染症の脅威は国を問わない。海外旅行を楽しむ日本人が年間約1500万人、海外からの観光客が年間約800万人の日本でも、感染症を水際で食い止めることは大変難しい。そうした中、ワクチンのない熱帯の感染症が、もし日本で爆発的に流行したらどうなるだろうか。そうなる前に医学・医療の交流を通じて、未知の病に対抗できるワクチンの国際共同研究を進めることが不可欠であろう。

 次に(2)であるが、症例数の少ない疾病に関する研究を広く海外の拠点と共同して行えば、より早く治療成果が得られ、画期的な治療技術の確立に結びつくことが期待できないだろうか。国内における治験拠点の整備はもちろんであるが、海外にも拠点を設けられれば、臨床分野で世界の動向をいち早く把握し、また日本の技術を広めることもできるだろう。

 さらに、日本が世界に先駆けて先進的な医療を実施している分野もある。重粒子線治療陽子線治療がそうである。筆者がかかわったタイのがん患者は、初めて会ったときは余命3カ月とされていたが、福島県にある民間病院の陽子線治療を2年連続して受療できた。この患者は米国での治療を拒否され、陽子線治療に最後の望みをかけていたことから、大変喜ばれた。

 最後に(3)について詳しく述べたい。2010年の薬事工業生産動態統計年報によれば、医療機器の輸出額約4500億円に対し、輸入額は約1兆550億円と、2倍以上の開きがある。医薬品に至っては、輸出額約1400億円に対し、輸入額は約2兆3000億円と10倍以上の開きがあるのである。国として、この開きを埋めていくことに本気で取り組む必要があるのではないだろうか。

 そもそも医療機器や医薬品は、それを使う医師などが自ら手に取って、使いやすさや患者への影響などを実感しなければ使用が広がらない。こうした「実感」がなければ、どれだけ良いものを作っていても理解されない。残念ながら、タイで医師免許を取得してすぐに欧米の医学部に留学するタイの臨床医は、慣れ親しんだ欧米の医療機器や医薬品を生涯にわたって使用するのである。

 このため、彼らにとっての医療先進国は欧米であり、日本ではない。結果としてタイの医療機関には、欧米の医療機器や医薬品が隅々にまで浸透している。実際、画像診断機器の多くが欧米メーカー製であり、抗がん剤も静脈注射が主流である。経口剤の使いやすい抗がん剤が日本にあることを紹介しても、その質や効果はタイの臨床医に疑われてしまう。

 一方で日本のメーカーにも、海外に自社製品を普及させようという努力が足りないのが事実である。実際、タイのある大学病院の医師からは、「日本の病院にいい医療機器があったのでタイに取り寄せたが、説明書がすべて日本語で、英語の記述さえないことに驚いた。せっかく日本は良い医療機器を有しているのに、これでは困る」と言われた。

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