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東日本大震災で感じた“ゆがみ”解消の一助のために
終末期医療に関する本人の意思確認カードを作りました
加納三代(慶応義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、精神保健福祉士、社会福祉士)

2011/11/08

 脳梗塞などでいわゆる植物状態となり、物言わぬまま横たわる患者さんを前にして、「この方は果たして今の状態を本当に望んでいるのだろうか」と、臨床医なら誰しも一度は自問したことがあると思います。自らの意思を示せなくなった場合に備えて、あらかじめ医療に対するリクエストを明らかにしておいてほしい。私の夫は宮城県の内陸部のある病院に勤務しているのですが、東日本大震災を体験して改めてその重要性を痛感しました。

 災害時には、日頃表に出ない“ゆがみ”が顕在化します。避難所に身を寄せていた方が、寒さや慣れない環境のためにみるみる体調を崩し、夫の勤務先にも次々と搬送されてきましたが、その多くは、脳卒中の後遺症や認知症で寝たきりとなり、意思の疎通ができない高齢者でした。避難所の救護班からの紹介状には「津波で一家9人が流され行方不明」「本人はこの家で唯一の生存者」などと書かれてありました。胸が痛みましたが、何より困ったのは、家族がいなくなったために、患者さん自身の希望や意思の情報が入手できなくなっていたことです。

退院患者を引き受けない病院、家族
 次々に送られてくる患者さんを受け入れるためには、状態が落ち着いた患者さんから順々に退院させる必要があります。といっても、近くの病院や介護施設はどこも被災者で満員でしたし、たまたま見つかった施設からも「手がかかるから胃ろうにして」とか、「貴重な療養病床を提供するのだから、収益が上がるように気管切開中心静脈栄養などで医療区分を高くしてくれたら受ける」など、厳しい条件を示されることもあったのです。また、夫の勤務先の事例ではありませんが、今回の震災後には下記のような話をよく耳にしました。

(1)家族と連絡が途絶えた
 介護施設が全壊して避難したものの食事を摂れなくなり、体調を崩して入院した、認知症のある方のケースです。意思の疎通ができないので、対処方針を相談するために家族をやっとのことで発見。しかし、「避難所で体調を崩した」「車が流されて交通手段がない」などと、面談の日をずるずると延期されてしまいました。電話で来院を催促したところ、「そもそも延命治療なんかこの人は望んでいない」と吐き捨てるように言われて音信不通に。果たして本人の意思がそのとおりなのか確認できないので治療の中止もできず、家族とコンタクトできないために病院からの行き先も決まらず、長期入院を余儀なくされてしまいました。

(2)医療費が無料なので病院から引き取らない
 病状が安定した慢性疾患の患者さんの話です。「入院して医療を受ける必要性がなくなったので退院です」と伝えたところ、本人も家族と暮らせることを楽しみにしていました。しかし、家族が「家が水をかぶったので行き場がない。介護施設だと病院並みのケアが受けられるか心配。このまま入院させてほしい」と譲りません。ところが看護師に話を聞いたところ、家族の本音は『月額20万円の障害年金が入ってくるし、身体障害者1級で医療費は無料なので、病院にこのまま入れておいた方が面倒がない』とのこと。自宅も床下浸水にとどまっており、家族は普通に生活しているそうでした。本人の希望などお構いなしです。退院調整も不発に終わったため、結局先が見えないまま病院にとどまることになり、本人は塞ぎこんでしまいました。

(3)世間体から家に引き取らない家族
 余命がわずかな患者さんについて、「最期は家で過ごしたいと言っていたから」と奥さんが自宅に連れて帰ろうとしました。ところが駆けつけた親族から「家で死なせたらご近所様に笑われる」「病院で逝かせてやるのが幸せだ」「家で亡くなって検視にでもなったら警察が来る。パトカーが停まってるなんて格好がつかない」などと押し切られて断念せざるを得ませんでした。奥さんが「嫁の話なんかだれも聞き入れてくれない。本人が書類で希望を残してくれていたら違ったのかな」とぽつりとこぼしたそうです。

終末期の意思表示の位置付けのあいまいさ
 今回の震災を通じて私たちは、「安定した日常も突如として終わる」ことを身を持って知りました。また、突然襲ってくる自然災害によって医療機関や家族から見放されてしまう可能性があることも悟りました。だからこそ、「治療によって回復が見込めなくなったとき、自分はどのように医療を行ってほしいのか」という意思を、形として残しておく必要性を痛感したのです。

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