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現場に潜む危険を知った上で行動するための新学問
「危険学」が変える医療安全対策
手取屋岳夫(昭和大学医学部外科講座胸部心臓血管外科教授)

2010/03/17

てどりや たけお氏○1987年金沢大学医学部卒業。金沢大学心臓外科、ドイツ・ベルリン心臓センター、シドニー St Vincent病院心肺移植センター心臓外科などを経て2004年4月より現職。2008年4月より危険学プロジェクト医療部門長、2009年4月より独立行政法人産業技術総合研究所「現地・現物・現人主義に基づく医療サービスコンソーシアム」会長。

 現在の日本は、急速な少子高齢化と生活環境の多様化により疫病構造が変貌しています。一方、医療技術はますます高度専門化・複雑化し、医師・薬剤師・看護師・コメディカル・事務職員など医療に従事する幅広い関係者を巻き込む失敗や危険の要素が増大しています。

 そのような中、いったん医療事故が起こると、マスコミに大きく取り上げられ、場合によっては司法介入・刑事罰の適用を受けるなど、事態が既存の医療制度で対応できる範囲から逸脱・拡大してしまったり、議論が、医療現場の実態からすると非現実的な方向に進展し、結果として医療に対する国民の不安や不信を高めてしまいがちです。

 私は、現在6人の若手外科医とともに週に6例の心臓血管手術を行っていますが、そのうち約半数は緊急および準緊急手術です。心臓手術は患者が死ぬこともあり得る危険な治療行為で、都内の大学病院で起きた人工心肺装置の不具合に伴う死亡事故は記憶に新しいところです。

 この事故では、患者から脱血(血液をポンプに引き込むこと)のための、吸引脱血システムの破綻が大きな原因でした。静脈側回路内に空気が充満して循環不良に陥ったことに気付かずに、そのまま手術を進行させて致命的な灌流障害を起こしてしまい、人工心肺を担当していた心臓血管外科医が訴えられました。

 このような重大事故が起こったことに対して病院が保身の動きに出たためか、その後の議論の焦点は、“隠蔽”に偏ってしまいました。患者が死亡したわけですから、病院の隠蔽体質が大きな視点になることは致し方ないとは思います。一方、専門家の目からすれば、この事故自体は、もしも専門の人工心肺技師が担当していれば、通常では起こりえない類のものです。原因究明と類似の事故の今後の防止のためには、現場で当該スタッフがどのように思考して行動したかの分析を行うことが、同様に重要だと思われます。

人の心の動きや行動パターンも検証対象
 また、今の医療安全論議は、「こうあるべき、こうあるはず」という議論が中心で、医療現場に潜む真の問題点を解決するところまでなかなか踏み込めていません。それぞれの不具合に対して、「どうすればうまくいく」「こうすれば安全にできる」というマニュアルやチェック機構を増やすことでミスを防ぐ考え方が基本なので、対症療法にしかなりえない面があるのです。さらに、マニュアルやガイドラインばかりを拠り所にするため、医療が、患者不在の無機質で空虚な印象を与える一因になっているようにも感じられます。

 医療事故が多くのメディアを騒がすようになって以降、医療安全や情報医学、医療マネジメントをテーマにした研究会や学会が乱立し、数多くの“専門家”や“権威”が誕生しました。そのことも、医療安全の議論を迷走させている一因かもしれません。

 「船頭多くして船山に登る」ではありませんが、医療の本質からかけ離れた仔細なことや、およそ日本の医療現場にはそぐわない標準化やシステム構築ばかりに議論が偏りがちです。お題目としての患者中心という言葉だけが先行し、グランドデザインが見えない薄っぺらな医療安全論議は、今こそ見直されるべきと思います。

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