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「割りばし事件」に対する報道はペンの暴力
裁判所の判断を軽視して法治国家といえるのか

2009/06/18
長谷川 誠(杏林大学耳鼻咽喉科学教室前教授)

杏林大耳鼻咽喉科前教授の長谷川誠氏。

 私が杏林大耳鼻咽喉科教授だった時の教え子が刑事責任を問われた裁判で、2008年11月、東京高等裁判所は教え子の過失を認めず無罪判決を出しました。民事裁判においても過失なしとの判決を下しました。刑事および民事の両裁判で、東京高裁が正しい判断を示したことに対して、関係者一同、心から感謝しています。

 この事件は、お子さんが割りばしを口にくわえて転び、その割りばしが脳に達して亡くなった不幸な事故です。医療事故ではなく、ましてや医療ミスでもありません。そのことが法的に立証されました。私どもの力が及ばず、お子さんを救えなかったことについて重く受け止めており、心からご冥福をお祈りしてきました。

 しかし、この事件は医学的には極めて難しいケースであるにもかかわらず、夜間の救急外来において診断できなかったことの刑事責任を問われたために、私どもは大きな違和感を持ち、法廷において法律的に対応してきました。わが国は法治国家であり、刑事責任を追及された以上は、この件は法廷でのみ決着させるという信念に基づき、これまで公の場での発言を一切控えてきました。

 法的な決着がついた今、改めて報道機関の現在までの対応に対して意見を述べたいと思います。

 まず問題としたい点は、刑事裁判の地裁、高裁において無罪、また民事裁判の地裁、高裁において過失なしと判断された後でも、一部の報道では自分たちの主張が認められなかったことへの不満からか、紙面や番組の構成で、あたかも医師に過失があったかのような印象を与える情報操作を行っています。

 今回の事件の事実関係はすべて明らかにされているにもかかわらず、一部の新聞やテレビ番組では、隠された事実があり、それが公開されていないがために、無罪判決になったように報道されていました。専門家以外の方が感情的にコメントするテレビでは、仕方がない面もあるかもしれませんが、客観性をうたい、社会の良識を代表すると自認する大新聞までもがそれでよいのでしょうか。

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