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医局長なんか大切にしなくていいよ!
小鷹昌明(獨協医科大学神経内科)

2011/04/20

 毎年12月も末日を迎える頃になると、大学病院勤務医は、にわかに殺気立ってくる。次年度の“人事異動”である。

 全国医科大学病院、および大学医学部附属病院に勤務する、“物言わぬ地味で真面目な医局長”を代表して伝えておきたいことがある。医局長の最大の仕事と言ってもいい責務が、この医局人事の算段を練ることである。大学や医局によって多少の違いはあるかもしれないが、当病院の神経内科では、代々医局長がそのたたき台を作成する。その後に教授が多少の修正を加えることで最終的に決定される。官僚の根回しによる事務次官会議のような仕事が医局長の役割で、閣議決定が教授の仕事と言ってもいい。

 12月に入ると、おもむろに医局員たちが、三々五々「相談があるのですが」とやってくる。こちらとしては、「なになに」という親心で接する準備はできているが、「そろそろ近くに家を買おうと思うのですが」とか、「子供が小学校に上がるまでは、家から通いたいのですが」とか、「母が少し病気がちなので、時々実家に帰省できる場所で働きたいのですが」とか、「留学したいので、この1年間は落ち着いて勉強できる条件で勤務したいのですが」などの意向を、「自分のことはさておき、大学や患者や家族のためにやむを得ず」といった素振りで訴え、人事に口を挟む。

 いずれも、よく分かる。もちろん事情があることも十分理解できる。しかし、これらすべての意見を採用していたら、到底人事は回らない。あえて「回さない」という方法もあるが、そういうわけにもいかない。そこで、医局員たちとの個人交渉となるわけである。先々代あたりまでの医局長は強権を発動し、有無を言わせぬオーラがあったが、先代あたりからは、時代のニーズに合わせた人道的な人事へと舵を切られた。

 私も医局長になる前までは、送別会なんかで「来月いっぱいでいったん大学から離れ、○○病院に赴任することとなりました…」とか、「通うことはちょっと無理そうなので、しばらくは単身で暮らすことになりました…」などとコメントし、満足そうな顔をしている異動になった医師がいる一方で、憤懣やるかたない顔の医師を見ることもあり、「悲喜こもごもは人事に付きものであるが、その采配を振るう医局長の心労やいかに」などと悠長なことを考えていた。そして、恐れていた(と言うか、覚悟していた)医局長を拝命した。

 適材適所でモチベーションを落とさないように配慮した人事とはどういうものなのか?また、どうすればそれを実行できるのか?医局長にとって永遠に尽きることのない課題である。

 医局員にとって働きたい病院の選択肢のひとつは、「少ない労働で高収入」の得られる病院であり、行きたくない病院は、「その逆」であるということは事実としてある。私だってその気持ちがないわけではないし、そう願うことは仕方がない。

 そういう選択肢が発生することの理由は、「忙しくても給料が安い病院」と「暇だけど給料が高い病院」が存在することにある。労働の多寡と給与額とが相関していれば、「オレは厳しくても給料のいいところで働きたい」とか、「ワタシは稼ぎはどうでもいいからゆっくりしたい」ということで、人事は割とスムーズにいく。

 また、労働条件というものを度外視して、自分の働きたい病院を希望するものもいる。例えば“がんセンター”や“ホスピス”、“石垣島の診療所”などの、ある特定の領域に特化した医療機関である。動機はさまざまであろう。特殊な医療技術の習得を目指したかったり、何かの転機により心情が変化したり、世をはかなんだりなどの理由があったのかもしれない。私のように、「大学病院勤務に飽きた」という理由だけで英国留学を希望するような輩もいる。それはそれでいい。なるべく希望を叶えてあげたい。

 さらに、彼らのニーズはどういうところにあるかというと、「忙しくとも愉しく働ける病院」であり、「暇でも良い気分で働ける病院」である。言い換えるなら、働きやすい病院である。人間は機嫌良く仕事をしている人のそばにいると、自分も機嫌良く何かをしてあげたくなる。当たり前だが、愉しく働きやすい病院は医療者にとっても患者にとっても良い病院である。

 医師の仕事として、「癌を上手く切り取る」ということや、「よく効く薬を見立てて処方する」ということは当然あるが、それよりも「患者に希望を与える」ということが前提にある。だから私たちは、「心身がアクティブに機能していることは気分が良い」ということを、メッセージとして患者の心に届けることが大切である。

 「心身がアクティブに機能しないのだから気分も悪く、調子も悪いのだ」と、患者の立場を考えて批判したい人がいたとしても(たくさんいると思うが)、私は、それでも「心身の潜在能力の発現を期待するような言葉」を語ったほうがいいと思っている。

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