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医療の法律処方箋-B型肝炎訴訟最高裁判決に準拠して
B型肝炎訴訟を教訓に無過失補償制度へ
井上清成(弁護士)

2010/12/29

1.B型肝炎訴訟での和解協議
 B型肝炎訴訟とは、昭和23年頃以降、乳幼児期に集団予防接種等を受けたところ、注射器(針、筒)の連続使用により、B型肝炎ウイルスに感染したことを理由に、感染被害者が集団で国に対して損害賠償請求をしている訴訟のことである。現在も各地で訴訟が起こされており、今後さらに一層増えるであろう。歴代政権に続いて現政権も、それらへの対応に苦慮している模様である。それらすべてに和解で対応するならば、1.5兆円から最大8兆円にも上る損害賠償金を国庫から支払わねばならないという試算もあるらしい。

2.先行訴訟の最高裁判決
 このような状況を招く契機となったのは、最高裁判所の平成18年6月16日判決であった。原審の札幌高等裁判所が認定しているとおり、「B型肝炎ウイルス感染の原因が本件集団予防接種等であると認め得る直接証拠は見当たらず、また、疫学的な因果の連鎖を的確に示す客観的な事実を認め得る間接証拠も見当たらない」と言ってよい。しかし、原審も最高裁も、その感染力の強さ、注射器の連続使用、昭和61年以降の母子間感染阻止事業により垂直感染がなくなると共に水平感染も見当たらなくなったこと、他に感染原因として可能性の高い事実もないこと、などの理由で、結局は因果関係を肯定した。

 もちろん、国の過失は原審で決着済みである。「昭和26年当時には、集団予防接種等の際、注射針、注射筒を連続して使用するならば、被接種者間に血清肝炎ウイルスが感染するおそれがあることを当然に予見できた」。だから、「本件集団予防接種等を実施するに当たっては、注射器(針、筒)の1人ごとの交換又は徹底した消毒の励行等を各実施機関に指導してB型肝炎ウイルス感染を未然に防止すべき義務があったにもかかわらず、これを怠った過失がある」と認定したのである。

 そして、慢性肝炎または無症候性キャリアの原告5人に対して、いずれも慰謝料500万円と弁護士費用50万円の損害賠償を認めた。

3.最高裁の医療政策の形成機能
 最高裁は、被害者救済に対する確固とした意志を抱いていると思われる。特に、医療に関する被害者の救済への指向は強い。そのため、厳密に科学的な因果関係よりも、一般常識的な経験則に基づく因果関係の認定に傾く。また、注射器の連続使用についても、医療現場の実情や慣行よりも、法的な行為規範(あるべき論)を優先してしまう。政策的考慮が勝ち過ぎていて、法律論として粗っぽくて強引すぎると批判し得るところである。

 しかし、いずれにしても、法律の解釈という名の下に、最高裁が医療の政策形成の機能を営んでいる現実は否定し得ないであろう。そして、個別事案においてだけという限定はあるけれども、行政府たる政府は、司法府の最高権威である最高裁に従わねばならないのである。さらに、同種の個別事案についても、最高裁に準拠している限りは、下級審の言うことにも、事実上、政府は従わねばならない。これこそが法治国家の要請である。

 現在、訴訟が行われている札幌地方裁判所では、裁判官より「和解協議に当たり、救済範囲を巡る本件訴訟の各争点については、その救済範囲を広くとらえる方向で臨む」との方針が示されていると聞く。日本は法治国家なのだから、政府はいたずらに抵抗せずに、最高裁に準拠している以上は素直に地方裁判所の勧告を受け入れるしかないし、それで良いと思う。訴えている原告も同様である。

 このまま推移すると将来的には総額8兆円にも達しようかというので、政府は抵抗しているようであるが、その必要はない。損害賠償義務負担分は法律上の義務費となるのだから、何兆円であろうと予備費でも補正予算でも増税でも何としてでも支出することが正当化されるのである。法治国家なのだから、それが政府であっても原告であっても、司法府の個別案件の指示に従おうとしない方がおかしい。また、双方共が裁判所の和解協議に臨んでいる以上、双方共に裁判所外での宣伝合戦などはせず、早急に裁判所内での和解協議に専心すべきである。

 このようにして、裁判所は結果として強力に、医療政策を形成していく。

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