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院内感染対策は専門性、総合力、そしてビジョンの問題
岩田健太郎(神戸大医学部附属病院感染症内科)

2010/09/27

 2010年9月9日の産経新聞によると、厚生労働省は「帝京大病院の多剤耐性アシネトバクターによる院内感染問題や国内で新型の耐性菌が検出されていることを受け」、多剤耐性菌の発生動向把握のための具体策の検討を始めたという。

 厚労省が耐性菌の問題に注目することそのものには、特に問題はない。問題は「発生動向把握」のために策を練るという目的にある。

 我が国の奇妙なところは、何か問題が生じると早急に何らかの対策を立てなければならない、と浮き足だってバタバタと走り出してしまうことにある。感染症対策、高齢者の戸籍問題など、ほとんど全ての問題が同じパターンで、同じ構造で、毎度毎度繰り返される。騒ぎ立て、「何とかしろ」というマスメディアとそれに呼応して政治的に正しく振る舞おうとする政治家が、「早くしろ、対策を立てろ」と急き立てるのである。我が国の官僚は常に多忙であるが、その割に生産性が低いのはこのような脊髄反射的な仕事に追われているためである。

 すでに多剤耐性アシネトバクターは全国の多くの医療機関で検出されていることが分かっている。同等の耐性を持つ緑膿菌も、その他のグラム陰性菌も普遍的に日本中の病院に存在することは我々専門家は「昔から」分かっている。報じられたNDM-1産生菌についても、特に他の耐性菌と本質的に異なったり、対策に違いがあるものではない。つまり、日本の耐性菌問題は何年も何十年も恒常的に継続されている慢性的な問題なのである。慢性的な問題に可及的速やかな対策をとる根拠は二つしかない。メディア対策と政治的自己満足である。そこでは病院の医療者やそのユーザーたる患者の利益はまったく顧慮されていない。

 なぜ、耐性菌の動向を把握するのか。この質問を先日、厚労省結核感染症課の官僚に尋ねたが、「それは耐性菌の状況を把握して情報提供し、耐性菌対策の助けにするためだ」と立て板に水のような「模範解答」が返ってきた。しかし、そのような机上の観念と現実は(他の多くの医療行政がそうであるように)かなりの乖離がある。

 すでに耐性菌の報告システムは日本に存在している。例えば「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(いわゆる感染症法)」では、1999年より耐性緑膿菌の定点報告を義務づけており、その発生動向を調査している(2003年より5類感染症)。

 しかし、この報告が医療現場の助けになることはほとんどない。なぜなら、耐性菌の情報とは「全国がどうなっていますよ」という情報ではなく、「うちの病院ではこうですよ」「私のいる病棟ではこうですよ」という情報こそが大切だからだ。こういう情報を我々はローカルな情報と呼ぶ。だから多くの病院では「アンチバイオグラム(病院や病棟における耐性菌情報)」を作成して、実地診療に役立てている。

 では、行政として耐性菌の発生動向を把握する意味はないかというとそんなことはない。多剤耐性緑膿菌(MDRP)は日本で承認されている抗菌薬が全く効かない耐性菌である。したがって、その発生動向を調査すれば日本でこの菌が普遍的に検出されているリアルな問題であることが即座に理解できる。もし耐性菌情報を現場の医療に活かそうと官僚が本気で考えているのなら、「これではいかん」とMDRPの治療薬の緊急承認や普及に尽力を尽くすのが筋であろう。

 しかし、厚労省はこれまで「耐性菌対策と医薬品承認・審査は担当が違う」「製薬メーカーから申請が来ていない」という誠に「官僚的な」言い訳で知らんぷりを決め込んでいた。対策もとらず、ただ病原体を届け出させて数を数えているのなら、これは子どもの夏休みの絵日記と同じである。「今日はとんぼを2匹見つけました」と日記に書くのと構造的に同じだ。

 得られた情報に呼応する対策が講じられない限り、病原体の「届け出」には意味がない。それは「対策をとっていますよ」というポーズ、アリバイ作りにしかならない。あるいは研究者の研究材料にしかならない。現場の医療者は、そして患者はひとつも得をしないのである。

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