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ドクターヘリの先を飛ぶもの―救命のために時間の壁に挑む―
中村利仁(北大大学院医学研究科医療システム学分野助教)

2010/07/26

 テレビドラマにもなり、最近ようやくその存在が周知されてきたのがドクターヘリです。しかし、その速度と距離の限界については、いくつかの工夫が必要です。その答えの一つは、ポスト・ストール機動と呼ばれる機体制御技術になるのかもしれません。

 ドクターヘリは、患者が受傷・発症した現場に医師を素早く送り届けることによって早期に初期治療を開始し、全身状態の安定化を図った上で、設備と人員の整った最適医療機関に運び、救命のための決定的治療に間に合わせようというシステムです。

 外傷治療の分野では、受傷後1時間以内に決定的治療を行うべきというGolden Hourのドグマが支配的です。軍医として豊富な戦傷治療の経験を持っていたと言われるR.Adams Cowleyによって1970年代に提唱されました。ドイツでは受傷後15分以内に初期治療を開始することがヘリコプター救急医療の原則となっており、個々のヘリコプター基地病院は半径50キロメートルを担当しています。

 ヘリコプターはある程度の広さとしっかりした地面さえあれば、たいていどこにでも降りられるという、優れた機材です。しかしながら、理論的には時速400キロ、実際的にも時速250~300キロ程度が速度の限界とされています。その理由は大きなプロペラ(メインローター)が浮力(揚力)と速度の両方を担うところにあります。燃料の消費も多く、航続距離にも厳しい限界があります。その展開は医療施設の分布条件によって大きく制限されるという点があります。

 たとえば、北海道・東北や、離島を抱える南日本をくまなく、ドクターヘリによって15分圏でカバーするためには、基地病院となるべき人員と設備の整った病院があまりにも集約化しており、これが小さくない弱点となります。

 その一つの解決策が、通常の航空機(固定翼機)によるドクターヘリの補完です。

 初期治療の開始までの時間を短縮することはできませんが、固定翼機を併用することにより、全身の安定化に成功した患者さんを、より遠くの設備と人員の整った医療機関に運ぶことができます。また、ヘリコプターでは航続距離の届かない遠方の離島等でも利用可能です。

 これまで自衛隊によって沖縄の離島や北海道で主としてプロペラ機を用いた実際の運用が行われてきましたが、民間ジェット機を使った実用化の研究が始まったことが報じられています(「患者搬送、ジェット機の速さで…北海道で研究会」 2010年5月17日読売新聞)。

 しかしながら、早期の初期治療開始をより広い範囲で行うためには、別の方法が必要となります。

 これに対する答えが高速での浮力を得るための固定翼と推進翼を備えた複合ヘリコプターですが、残念ながらあまり一般化しませんでした。現在有望なアイディアの一つがティルトローターと呼ばれる機体で、一見、ちょっと不格好なプロペラ機のような格好をしています。これが離陸時には固定翼の両端のエンジンごとプロペラが上を向き、ほぼ垂直に飛び上がって、その後はプロペラが前を向いて普通の飛行機のように水平に飛んで行くという仕組みになっています。

 軍用ではV22オスプレイが実用化され、アメリカ軍への引き渡しが始まっており、民生用ではベル・アグスタ社のBA609が開発中です。後者の目標巡航速度は時速500キロであり、現用の救急ヘリコプターのほぼ2倍の距離、4倍の面積をカバーすることができます。

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