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新型インフルエンザにタミフルの早期投与は有効か?
坪倉正治(帝京大ちば総合医療センター血液内科)

2010/06/14

はじめに
 「日本では、患者の病院へのアクセスが早く、抗インフルエンザ薬が早期に投与されたので、新型インフルエンザによる死亡率が低かった」。

 これは琉球大学感染病態制御学講座の健山正男准教授が、第84回日本感染症学会総会で発表された内容です。その他、多くのメディアでも同様の報道が散見されます(1)。今回は、この文章が秘める問題点を考えてみたいと思います。

発表された論文の内容
 先日、H1N1インフルエンザを発症した妊婦の治療内容と予後についての論文が、アメリカ医学会の機関誌であるJAMAに発表されました(2)。

 この研究は、2009年4月から8月に、PCRでH1N1インフル感染と確定診断された妊婦を対象とし、新型インフル感染の重篤度、抗ウイルス薬の処方状況が後方視的に調査されています。筆者たちの結論は「抗ウイルス薬を早めに投与した方が、妊婦の死亡率を下げることができるかもしれない」です。この結論の根拠となる事実は以下です。

1)788人の妊婦がH1N1インフルエンザと診断されました。509人が入院、うち115人が集中治療室で治療を受け、最終的に30人が亡くなりました。

2)抗ウイルス薬の開始時期については、全妊婦の約60%、集中治療室に入室した妊婦の35%、死亡した妊婦の20%が、症状出現から4日以内に処方されていました。つまり、全体の約40%が症状出現4日後以降に抗ウイルス薬を処方されているのに対して、死亡した妊婦のうち80%以上が症状出現4日後以降に抗ウイルス薬を処方されていました。

3)症状出現から2日以内に抗ウイルス薬を処方された妊婦に比べ、4日後以降に処方された妊婦の死亡相対危険度は53.5でした。

後方視的調査の限界
 以上の事実から、筆者たちは「抗ウイルス薬を早めに投与した方が、妊婦の死亡率を下げることができるかもしれない」という結論を出しています。

 この解釈は妥当でしょうか。私は強引すぎると感じます。それは、死亡した妊婦と治癒した妊婦のバックグラウンドが違うからです。例えば、死亡した妊婦の78%に呼吸器疾患などの既往がありましたが、入院しなかった妊婦では32%に過ぎませんでした。これでは、予後に影響したのは、患者背景なのか、抗ウイルス剤の投与時期なのかはわかりません。これは無視できないバイアスですが、著者たちは、論文のなかで、この問題を十分に議論していません。

 これは後方視的研究の一般的な限界で、ある意味で仕方がないことです。しかしながら、後方視的研究では、さまざまなバイアスの可能性を考慮し、結果の解釈は慎重であるべきです。今回の結果から、抗ウイルス薬の早期投与を妊婦に推奨するのは、時期尚早と考えます。

日本のミステリー
 新型インフル感染による死者数は、アメリカでは約12,000人なのに対して、日本は200人弱と言われています。日本人の多くが、日本の新型インフル感染の死亡率は低かったと考えているようです。また、この状況を「日本のミラクル」という海外の専門家もいます。

 しかしながら、これはどの程度信頼できるのでしょうか。私は、根拠が希薄な思い込みの可能性があると考えています。

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