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ワクチンを売りにくい国、日本
高畑紀一(細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会事務局長)

2009/08/25

 我が国は「ワクチン後進国」と揶揄されるほど、ワクチンの導入が進んでいない。ドラッグ・ワクチンラグの解消が我が国の喫緊の課題となっているが、多くの方は、ラグが生じているのは「承認審査に時間がかかっているから」と認識しているのではないだろうか。もちろん、これは正解で、承認審査が欧米に比して時間がかかっていることがラグの大きな要因の一つである。

 しかし、実はラグを生じている要因は承認審査そのものだけではない。いくつかの要因が相まって現在のラグを生み出しているのだが、その一つに、承認審査に至る以前に承認申請がなされるその時点で、既に欧米より大幅に遅れていることが挙げられている。つまり、日本での販売事業の着手そのものが既に遅れているのだ。

 ヒブワクチンは1990年代初めには欧米で承認され多くの国々で定期接種プログラムに組み入れられた。一方、我が国でのヒブワクチンの開発着手は1997年に入ってからで、承認申請は2003年、承認は2007年1月と他の先進国に比して大きく出遅れた。ヒブワクチンは世界保健機関(WHO)がその有効性と安全性を高く評価し、全ての国々で定期接種化すべきとの勧告を1998年に行なっている。

 つまり、WHOがお墨付きを与えるほどの実績を積み上げたワクチンの開発着手が、その僅か一年前であったということなのだ。驚くべきほどの遅れをもって、我が国ではヒブワクチンが開発に着手されたことがわかる。

 では何故、ヒブワクチンの開発着手がこれほどまでに遅れたのだろうか。これもいくつかの原因が考えられるが、日本はワクチンを政策的に取り入れていく環境が整っていないことをその一つとして指摘したい。

 まず、我が国の予防接種は定期接種と任意接種の二つのカテゴリーに分けられるが、どのような条件を満たせば定期接種となるのかという指標が不明確である。

 現在の予防接種法下において、新に定期接種化されたワクチンは基本的に存在しない。さらに、定期接種化する疾病・ワクチンの基準というものも存在していない。

 つまり、日本でワクチンを売ろうと考えても、そのワクチンがどのような条件を満たせば定期接種の対象となるのか、誰にもわからないのである。「定期」か「任意」か、この違いはワクチンメーカーにとっては非常に大きい違いとなる。

 まず、予想される需要量が大きく異なってくる。定期接種の場合、接種率は9割を超えるが、任意接種の場合は多くても3割程度と言われている。もちろん、3割の接種率に達するかどうかも不明確だ。小児ワクチンの場合、「定期」のマーケットは100万人/年で安定したものとなるが、任意の場合はマーケット規模はその1/3で、需要予測も極めて不安定となる。

 このことはメーカーだけではなく、消費者の立場となる国民にもしわ寄せがくる。不安定な需要予測に基づく小規模な生産ではおのずとワクチン価格が高めになってしまい、国民は高価な代金を支払わざるを得ない。

 また、需要が大幅に伸びた場合、ワクチンが供給不足に陥り「接種したくても接種できない」という事態を招くこととなる。

 残念ながらこの二つの不利益はヒブワクチンで既に生じており、ヒブワクチンの価格は他国の卸値の倍近い値段といわれており、このことが4回接種で3万円という子育て世代にとっては非常に重い経済負担をもたらしている。また供給不足のため、接種の予約を入れても数ヶ月から半年待ちという状態が続いている。

 細菌性髄膜炎の発症リスクは5歳未満、とりわけ0歳までの乳幼児が最も高いとされているが、接種可能となる生後2ヶ月の時点で予約を入れても半年も待たなければ接種できないということは、ワクチンによる疾病予防の本質からいって極めて好ましくない状態である。実際、接種を待っている間に細菌性髄膜炎に罹患してしまったという事例も、残念なことに生じている。

 「定期」と「任意」の違いは、需要量や保護者の費用負担(定期接種なら基本的に無料、任意なら全額自己負担)に留まらない。万が一、副作用被害が生じた場合の救済内容が大きく異なるのだ。

 定期接種の場合、副作用被害は予防接種法に基づいた公費による救済が行なわれ、内容も比較的充実している。これに対し任意接種の場合はメーカーの拠出による医薬品の副作用救済制度の対称にしかならず、その補償内容は予防接種法に基づくものに比してあまりにも乏しいといわざるを得ない。

 仮に任意接種で副作用被害を被った場合、十分な救済を受けたいと願えば、医薬品の副作用救済制度では不十分であり、民事訴訟を起こしてメーカーに賠償を求めるといった行動を取らざるを得なくなる可能性もある。

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