日経メディカルのロゴ画像

グリベック自己負担金問題を考える
お金がなくてがん治療が受けられない(下)
上昌広(東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門准教授)

2009/08/26

かみ まさひろ氏○1993年東大医学部卒業。99年東大大学院医学系研究科修了。虎の門病院、国立がんセンター中央病院を経て2005年10月より現職。

※今回の記事は村上龍氏が編集長を務めるJMM (Japan Mail Media)7月29日発行の記事(「第36回 お金がなくてがん治療が受けられない~グリベック自己負担金問題を考える(下)」)をMRIC用に改訂し転載させていただきました。

 前回の配信で、慢性骨髄性白血病(CML)の特効薬であるグリベックの患者負担の問題を紹介させて頂きました。一昨年来の経済危機が、高度成長期(昭和48年)に創設された高額療養費還付制度の問題点を顕在化させました。

 私たちの研究室の田中祐次たちが調べたところ、慢性骨髄性白血病患者の世帯総所得は2000年の508万円が、2008年には400万円に減少しています。一方、治療薬グリベックの自己負担は2000年59万円、2008年58万円と横ばいですから、患者・家族の負担感は増加しています。実際に、約30%の患者が経済負担のために、グリベックの中止を考えたことがあり、その中の10%が実際に止めていました。まさに、金の切れ目が命の切れ目になっています。

 医学の進歩により、画期的な新薬が出来ても、社会制度(高額療養費還付制度)が対応できていないため、その恩恵が患者へ還元されていません。古くなった社会制度を、早急に現状に合わせる必要があります。

【制度疲労した高額療養費制度】

 前回の配信以降、医療費の問題について、何人かの患者・家族と意見を交換しました。

 その中に、原発性肺高血圧症の会の会長の村上紀子さんという方がおられました。原発性肺高血圧症とは、心臓から肺に血液を送る肺動脈の血圧が高くなり、心臓と肺の機能に障害をもたらす原因不明の疾病で、厚生労働省が難病に指定しています。患者数は多くはありませんが(2006年現在961人)、比較的若い人に発症し、予後不良です。従来、生存期間は2~3年で、約1/4が突然死するとされてきました。この状況を変えたのが、2004年の新薬フローラン(グラクソ・スミスクライン社)の登場です。この結果、生存期間、QOLとも、劇的に改善しました。

 ところが、この分野でも医療費にまつわる問題が生じているのです。フローランの年間売り上げは94億円(2007年度)で、患者一人あたり年間1,000万円以上の薬代が必要な高額な医療です。この疾患は、厚労省が特定疾患(難病)に指定しているため、患者・家族の負担は殆どありませんが、健康保険組合にとっては大きな負担になっています。

 このため、一部の保険組合は、フローランの処方を減らすように医師に圧力をかけていると言われています。これでは、患者はたまったものじゃありません。これまで、村上会長以下、患者会の方々が厚労省に陳情してきましたが、厚労省と保険組合をたらい回しされ、問題は解決されていません。

 また、適応外処方問題に取り組む卵巣がん体験者の会スマイリー代表の片木美穂さん、細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会事務局の高畑紀一さんなどとも、お会いすることが出来ました。いずれも、医療費に関する深刻な問題を抱えていました。

【モデルケース慢性骨髄性白血病患者の動き】

 慢性骨髄性白血病患者団体の動きは、このような問題の解決を考える上で示唆に富みます。そのポイントは、関係者が熟議を通じて、ボトムアップの合意形成に努めたことです。従来の「お役所陳情」とは質的に異なっていました。

【情報共有:韓国患者会との連携】

 グリベック費用負担の問題で中心的な役割を果たしているのは、「CMLの会」の野村英昭代表です。野村氏はCML患者で、長年にわたり、この問題に取り組んできました。

 今回の活動にあたり、彼は韓国のCML患者会から強い影響を受けました。韓国の医療制度は、我が国を模倣した部分が多く、韓国でもグリベックの患者負担が問題となっていました。このような問題に直面した韓国では、患者団体が中心となって世論を形成し、患者負担無料化を勝ち取ったのです。

 韓国での経験は、医療専門のオンラインメディアであるロハスメディカル、MRIC、日経メディカルオンラインなどを通じて、我が国に紹介され、多くの患者や医療関係者が認識するに至りました。そして、本年6月12日には韓国患者会の中心人物である姜柱成氏や最鐘燮氏が来日し、日本の患者団体と合同シンポジウムを開催しました。一連の活動は、野村氏をはじめ、日本の患者会の人々の尽力によるものです。

この記事を読んでいる人におすすめ