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医療者の責任と医療事故調
中澤堅次(済生会宇都宮病院院長)

2009/07/28

なかざわ けんじ氏○1967年慶應大医学部卒業。2004年より済生会宇都宮病院院長兼看護専門学校長。現在、慶應大医学部内科学教室客員教授、NPO法人医療制度研究会理事長。

 厚労省医療安全推進室長(当時)の佐原康之氏が、「診療関連死の警察への通報範囲研究班」の報告会で挨拶し、“医療事故調査と責任追及とは完全に切り離すべきという意見は、生理食塩水と間違えて消毒薬を静脈内に注入したことが明らかになった場合でも、調査結果と責任追及は無関係だという主張になり、それはプロとしての責任逃れだ”と話したと報道されている。今回は医療者の責任と医療事故調というテーマで考える。

 事故調査委員会の設置のもとで、医療者は過誤による死亡事故の責任を全うすることは出来ない。自らが行う詳細な調査により事故の全容を解明し、家族に報告するとともに、謝罪と損害に対する賠償を提示し、再発防止の対策を立てることが、医療者にとって責任を全うする唯一の方法である。

 期せずして広尾事件に言及することになるが、あの事件の理想的な解決は、病院が真摯に調査し、院長が調査結果を家族に正直に話し、取り違えミスにより死に至らせてしまったことを詫びるべきだった。当然弁護士を入れて損害賠償の交渉をして、都にも、警察にも自ら届け出る。それでも納得が得られなければ訴訟を勧めるというのが通常の事故の対応である。

 問題は、容認しがたい事故に病院に責任を持つ姿勢が無かったことであり、当事者の責任を問う法律が整備されていなかったからではない。病院が詳細な事故調査を行わず、家族に報告することを怠った、つまり被害を生じた医療事故に関して説明を受ける病人の権利が無視されたからである。

 一部と言われるかもしれないが、医師や病院経営者は、病人権利という倫理規範に敏感である。世界医師会は第二次世界大戦の苦い教訓から、数回にわたって病人権利を定義し、世界中の医師が集まる総会で宣言を採択し、この宣言にそって各国が法案化までして社会に根付け大切にしようとしている。この権利を擁護し推進することは、医療にとって最も重要な、病者との信頼関係の元になる理念と考えるからである。

 世界的に通用する医の倫理である病人権利は、日本では公式に認められていない。日本にも法制化の動きはあったが、当時の与党と医師会の反対もあり実現しなかった。しかし、この権利は裁判の判断基準になり、国民皆保険もこの思想の通りにデザインされた。変わらなかったのは、医師の団体と、当時の教育を受けた医師、それと厚生労働省だけだった。

 医療は技術の進化で状況は大きく変わり、病者の苦痛に配慮する空気も生まれた。広尾事件で看護師が準備したのは、佐原氏がいう単なる生理食塩水ではなく、針を刺す回数を減らし、注射の痛みを軽減するために準備したヘパリンと言う注射液だった。そこで事故は起きた。当時の分析では注射液を準備する同じ作業台で、危険な消毒薬の準備をしたことがミスとされ、看護師が有罪になった。

 当然ながら、看護師は自分の間違えで人を殺すことなどまったく予測してなかったし、日本中の医師や看護師は、ヘパリンロックという、痛みを思いやることから始まった簡単な工夫が、日々行われる作業の組み合わせで人の命を奪うことをこのときにはじめて知ったのである。誰も気づかない、教えてももらえない落とし穴に彼女は落ちた。そのとき彼女はプロとして命を預かる作業を行っていた。そのことで裁かれたのである。

 厚労省や一般の人から見ればミスによる人の死は、関係したものが当然罰を受け、身を持って罪を償うべきであると考えるだろうが、人の命が身近にある現場から見れば、予想に反して遭遇する事故は必ずあり、変化が激しい医療では常に新しいリスクが発生する。

 また、新しいリスクはおきてみないと分らないことが一般的で、そのために自分が罪人になる可能性は高い。その度に殺人罪を意識するのでは仕事は続けられないと思う。それは遺族や本人の悲しみとは異質であるが、そのことを言っても分ってもらえないことも理解している。だから現場を去る。いままでは事故を起こした個人の問題だが、これからは全ての医師が、避けられない事故に伴う罪を、現実として実感する法律上のルールができる。

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