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日本で輸血ができなくなる日―新型インフルエンザ問題から学ぶ危機管理
成松宏人(東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門客員研究員)

2009/06/15

なりまつ ひろと氏○1999年名大医学部医学科卒業。2008年名大大学院医学系研究科分子細胞内科学(血液・腫瘍内科学)修了。2008年4月より現職。

 この度の新型インフルエンザ問題は、輸血製剤など医療に必須の医薬品が非常事態には安定供給されない懸念が、現実のものになりうることを示しました。我々医療関係者は、医薬品の安定供給に関する危機管理体制を早急に確立するため、議論を始める必要があります。

●新型インフルエンザと輸血

 今年の5月16日から22日にかけて、兵庫県の赤十字血液センターでは、献血者数が計画のわずか6割程度しか確保できなかったことが明らかになりました(朝日新聞5/23/2009)。関西での新型インフルエンザの感染の拡大により、外出を控える人が増え、献血が減ったことが原因と報じられました。この報道を見て、「パンデミックになったら輸血はどうなるだろうか…」と、背筋が凍った医療関係者も多かったのではないでしょうか。

 献血には、赤血球製剤が製造される全血献血と、血小板製剤などが製造される成分献血があります。赤血球製剤は冷所管理が可能で、在庫調整が可能ですが、血小板製剤はわずか4日間の保存しかきかず、在庫調整ができません。つまり、新型インフルエンザのパンデミックが発生した場合、地域よっては血小板輸血ができなくなる可能性があるのです。

 血小板製剤は、白血病などの血液疾患の治療に必須の輸血製剤です。血小板数を一定に維持しなければ、脳出血や消化管出血など、即、生命の危機に瀕す状態なります。血小板製剤を輸血することで、そのような重大な合併症をかなり減らすことができます。

 しかし、血小板製剤が手に入らなくなれば、白血病などの血液疾患の治療は事実上困難になります。すなわち、パンデミックが発生した場合はその地域では白血病の治療ができなくなるのです。

●緊急時における輸血の不活化技術

 このような危機的状況の時には、どのような対策をすればよいでしょうか?一つの対策案として、輸血製剤の不活化技術の導入が検討されています。これは、特殊な処理を行うことにより輸血製剤中のウイルス、細菌、原虫などの病原体を殺す技術です。

 日本では現在のところ、この技術は導入されていません。もっとも、B型肝炎、C型肝炎、エイズについては検査を行っており、輸血が原因でこれらの病気に罹患する患者さんは極めて少なくなっています。しかし、それら3つ以外のウイルス、細菌、原虫などが血液に混ざっていた場合、見つけることができずに、そのまま患者さんへ輸血されているのが実態なのです。

 不活化技術の危機時状況時の最大の利点は、輸血製剤に混入している病原体を不活化することで、保存期間をのばすことができることです。たとえば、ソラレン誘導体による不活化は、血小板の保存期限を4日から7日に延ばすことができます(Transfusion. 44:320-9)。

 これは、危機の際には大きな意味をもちます。輸血製剤の不足地域に製剤をまわすなど、供給調整の範囲が拡がるからです。実際、不活化技術はEU諸国の一部では既に承認されています。アジアではシンガポールおよびタイなどで使用が許可されており、また米国でも、既にFDAに申請中です。

 一方、日本では2004年に「検討をする必要がある」との議論が始まりましたが、未だに審議が続いており、治験も開始されていません。現時点では、「安全性に関するデータ集積は不十分で、変異原性や発がん性など人体への長期的な影響が完全には明らかにはなっておらず、導入するかどうかは慎重に検討すべきである」との見解が日本では多くを占めるからです(「輸血用血液製剤における病原体不活化技術導入に関する見解」日本輸血・細胞治療学会 5/19/2008)。

 つい最近行われた輸血・細胞治療学会でも、議論があまり進まなかったことが伝えられています(BTJ/HEADLINE/NEWS 2009/06/03 SOLUTIONS 第1290号)。つまり、もしも明日、インフルエンザのパンデミックが起こっても、残念ながら日本ではこの技術の恩恵に与ることはできません。

●医療における危機管理は身近な問題である

 新型インフルエンザのパンデミック時の輸血の問題をご紹介しましたが、同様の危機的状況は、他の原因でも起こりえます。それはテロの発生によるかもしれませんし、天変地異のせいかも知れません。グローバル化が進んだ現代では、一見、医療とも日本とも関係ないような、地球の裏側の出来事でも、日本国内における危機的状況を引き起こすことがあるのです。

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