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処方箋と訪問診療
中村利仁(北海道大学大学院医学研究科医療システム学分野助教)

2009/06/11

なかむら としひと氏○1991年北大医学部卒業。北大大学院医学研究科助手、東大医科学研究所客員研究員を経て2008年東北大大学院修了。09年1月より現職。

 薬礼という言葉があります。むかしむかし日本では、医者の診察自体は無料で、その携える薬のみにお金を支払ったと考えたことを指す言葉のようです。戦国時代から江戸時代初期の名医として知られる甲斐の永田徳本が「甲斐の徳本、一服十八文」と称えながら、牛の背に乗り諸国を漫遊したという伝説に、その一端を知ることができます。戦国時代の名医は、診察に対してではなく、自ら処方調剤した薬の代金として報酬を受け取っていたわけです。

 さすがに診察が無料ということはまもなく無くなったようですが、明治維新までは医者が調剤し、薬代に医者への報酬が上乗せされるということが当たり前とされてきました。

 その後も薬剤師不足などを理由として医師による調剤と投薬は続いてきました。敗戦後の連合軍占領下では、GHQのサムス准将らが医薬分業を進めたもののやがて頓挫します。診療所や病院の中の院内薬局から薬をもらうのが当たり前の時代が長く続きましたが、漸く近年にいたって、患者さんは会計後に処方箋だけを受け取り、門前薬局や近所の薬局でクスリを受け取るという風景が当たり前のものになりつつあります。

 ところで、新聞報道などによると、厚生労働省近畿厚生局麻薬取締部は処方箋を交付する前に患者に対して向精神薬を譲渡したとして、大阪府の医師1名と奈良県の薬剤師4名を麻薬及び向精神薬取締法違反容疑で書類送検していたそうです。

 「処方せん出さず睡眠薬を販売、大阪の精神科医ら書類送検(2009年4月13日20時26分 読売新聞)」今回はこの問題を掘り下げてみます。お付き合い下さい。

 さて、通常の外来診療であれば、患者さんが受け取った処方箋は調剤薬局で薬剤師に渡され、それと交換に薬剤が譲渡されることに無理はありません。しかし、訪問診療では事情が異なります。

 第一の関門は処方箋をどこで発行するのかです。訪問診療先には、カルテを拡げるスペースはもちろん、処方箋を書く為の場所すらないことが珍しくありません。ただ、ほとんどの場合は定期的な処方の繰り返しですから、若干の臨時処方の追加や処方の一部変更程度であれば、事前に用意しておいた処方箋を、そのまま、あるいは患家や施設内で修正して手渡すことで対処できます。

 ただ、場合によっては一度診療所や病院に立ち帰り、別途、処方箋を届ける算段を付けなければならない事態も生じます。その場合、特に急ぎの時には誰かが患家や施設までその処方箋を届けることになります。

 医師が出直して届けるのであれば話は簡単ですが、次々と訪問先を行き来する中での実行は容易なことではありません。しかし、医師以外の職員がこれを届けることは、法令解釈上は可否が必ずしも明らかではありません。ましてファックスであればどうか、メール添付ならどうかなどとなると、それらは微妙なところでしょう。ある朝突然に法令違反として当局による捜査が開始されても不思議はありません。

 次にその処方箋を薬剤師がどうやって受け取るのかが問題です。これは大きく分けると二つの解決策に行き着きます。

 一つは薬剤師が患家あるいは施設に出向いて処方箋と受け取るのと交換に、薬剤を譲渡することです。もう一つは家族や施設の看護師、訪問看護師等の誰かが患者さんの代理として処方箋を薬局に持って行く場合です。

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