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手が滑ったのか、わいせつか―行き過ぎた医療訴訟が現場を疲弊させる―
多田智裕(武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科)

2009/05/29

 ※この記事は世界を知り、日本を知るグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)からの転載です。

 5月7日、53歳の外科医が逮捕されたというニュースが各局のテレビで流れました。某局では実名と顔写真のみならず自宅まで映し出していました。大腸内視鏡検査を受けた20代の女性の陰部に、内視鏡を入れるなどのわいせつな行為をしたという容疑での逮捕でした。

 「本人は、手が滑っただけで故意ではない、と否定しています」とキャスターが原稿を読み上げています。ニュースだけを聞くと、ほとんどの人が「とんでもないわいせつ医師がいたものだ」と思うことでしょう。実際に番組のコメンテーターやゲストも、そのような趣旨の発言や表情をしていました。しかし、本当にわいせつな行為だったのでしょうか。

 大腸内視鏡検査の際にカメラを挿入する肛門と陰部は数センチしか離れていません。そして、人の体は千差万別で、毛深い人もいれば、脂肪の多い人もいます。検査前の緊張で肛門が固くしまっていた場合には、痛み止めのゼリーを塗ります。そのゼリーのせいで周辺が滑りやすくなっていて、故意ではなくても陰部に内視鏡が入ってしまうことはあり得るのです。

 そうはいっても「プロなんだから手が滑って間違えたりするはずがない」と思われる人は多いでしょう。確かに99%間違えることはありません。でも、年間1000件行なう医師であれば、1年間で1~2件の割合で起こし得る不可避な偶発症です。

 私の意見を言わせてもらえば、報道されている状況下において、故意で入れることは「全くあり得ない、考えられないこと」です。「謝罪する必要がない」とは言いません。

 でも、それは民事レベルの話だと思うのです。医療行為を全て刑事免責にする特権を認めろと言いたいわけでもありません。刑事事件として逮捕した以上は、警察側も報道されている以上の事実を掴んでいるのかもしれません。

 それでも、この逮捕劇は医療に対する司法介入が行き着く所まで行ってしまった象徴のような気がしてならないのです。

○医療行為に「100%」は存在しない

 有名な、福島県立大野病院事件、杏林大学割り箸事件、東京女子医大人工心肺事件という医師を巡る逮捕劇は、いずれも医師は無罪になりましたが、注意義務違反としての「予見可能性」および「回避可能性」が厳しく問われました。

 「予見可能性」とは、危険性があることを知っていたにもかかわらず対策をとらなかったことを指します。「回避可能性」は、他の手段をとれば防ぐことができたのに、それをしなかったことを指します。

 治療が想定通りにいかなかった場合、「危険を避ける対策をとっていなかったからではないか?」「他のやりようがあったのではないか?」と思うのは 当然でしょう。「厳罰を課せば、医療機関や医師はそれを避けるために安全策をきっちりとるようになる」という考え方は、確かに効率的な一面があります。

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