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ボストン便り 1回目
全米初・マサチューセッツの州民皆保険 ヘルスケア改革法の登場
細田満和子(ハーバード公衆衛生大学院国際保健学部リサーチ・フェロー)

2009/05/21

 ボストンはアメリカ東北部マサチューセッツ州の州都で、建国の地としての伝統を感じさせるとともに、革新的でラディカルな側面を持ち合わせている独特な街です。また、近郊も含めると単科・総合大学が100校くらいあり、世界中から研究者が集まってきています。そんなボストンから、保健医療や生活に関する話題をお届けします。

○無保険という問題

 現在アメリカには4600万人もの無保険者がいるといわれています。そしてたとえ民間保険に入っていたとしても、保険会社が治療の適用を認めなければ保険が下りないため、充分な治療を受けられない人、高額治療費の返済に苦しむ人も沢山います。マイケル・ムーア監督の映画『シッコ』(2007年公開)では、そのような人々の悲惨な姿が描かれていました。

 アメリカでは連邦(国)として、人々に健康保険を持つよう義務付けてはおらず、原則として公的健康保険はありません。そのため人々は、部分的に保険料を負担してくれる一部の企業に属していない限り、保険料が高いのに支払いが限られている民間保険に加入するか、無保険者でいるしかありません。65歳以上の高齢者にはメディケア、低所得者にはメディケイドという公的保健サービスがあります。しかし、年齢が65歳に達していない人や、低所得者と認定されないまでも保険料を払うほど金銭的に余裕のない人も多く、深刻な問題となっています。

 近年アメリカでは、所得や人種・民族や社会的階層によって生じる健康状態の格差が、「健康格差 Health Disparity」として社会問題化しています。白人と比較して、アフリカ系アメリカ人、ネイティブのアメリカ人、ラテン系アメリカ人などマイノリティは、乳児死亡率が高く、がんの発生率が高く、糖尿病の進行が早く、平均余命が短いといったことが、疫学的研究から次々と明らかになってきたのです。

 マイノリティの人々は概して所得が低く、無保険者である率が高く、たとえ体に不調を感じていたとしても、よほどひどくなるまで医療機関にかかることができません。また早期に診断が付いたとしても、費用が高額なため十分な治療や投薬が受けられないこともあります。

 アメリカではこうした無保険に関わる諸問題を解消するため、公的健康保険の創設を望む声が高まっています。2008年の大統領選で民主党のバラク・オバマが快勝し、医療へのアクセスを高めるために連邦レベルでの施策に取り組むことが表明されました。このことは、公的健康保険の実現に弾みをつけたといわれています。

○ヘルスケア改革法の成立

 こうしたアメリカの状況の中で州レベルに目を向けてみると、マサチューセッツ州では2006年4月12日に、「マサチューセッツ・ヘルスケア改革法 Massachusetts Health Care Reform Law」(以下、改革法)の「チャプター58 手ごろな料金で、質が高く、納得のいく医療ケアへのアクセスを提供する法 An Act Providing Access to Affordable, Quality, Accountable Health Care」を成立させています。

 これは全州民に健康保険を持つことを義務付けた法律です。すなわちマサチューセッツ州内は、日本と同じように原則として皆保険制度なのです。この法律の成立は20年に及ぶ関係者の働きかけの賜物であり、全米で初の試みとして歴史的快挙と評価されています。
 改革法では、皆保険を義務とするのと同時に、メディケイド(マサチューセッツ州では、メディケイドにマスヘルス MassHealthという独特の名を与えています)には該当しないものの、保険料を払えるほどではない低所得者に対する州の助成についても定めています。

 具体的には連邦貧困レベル(FPL:Federal Poverty Level。年間で個人では約100万円、4人家族では約200万円)以下の州民には、保険料の全額が補助されます。そして、連邦貧困レベルの3倍(約600万円)までの人々には収入に応じて部分的な助成がされます。その他にも改革法では、子どもを持つ親に対するメディケイドの拡充と整備、質の高い医療ケアが適正な価格で行われることなどが定められています。

 改革法の施行は2007年7月1日からでしたが、2005年に約55万人いた州内の無保険者は、2008年には11万人にまで減りました。現在も無保険者が新たに保険を持つようにさまざまな働きかけが続けられています。

○改革法成立の背景

 それでは、この改革法が議会を通過した背景はどういうものだったのでしょうか。さまざまな要因が挙げられていますが、決め手のひとつは州の予算に関わる経済的理由だったといわれています。前に、健康保険を持っていない人々は、体調が悪くなったとしても、よほど重症化しないと医療機関に行くことはないと書きましたが、逆にそうした人々は重症化してからER(緊急救命室)に駆け込んでいるのです。

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