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検察官は医療事故調査に何を見るか?
中村利仁(北海道大学大学院医学研究科医療システム学分野助教)

2009/05/20

なかむら としひと氏○1991年北大医学部卒業。北大大学院医学研究科助手、東大医科学研究所客員研究員を経て2008年東北大大学院修了。09年1月より現職。

 昨夏から今春にかけて、診療に関連した死亡による著名な三つの刑事訴訟である、通称、福島県立大野病院事件、杏林大学割り箸事件、東京女子医大人工心肺事件でいずれも無罪判決が出され、確定しました。

 多くの医療関係者が、これで厚生労働省が推進し、日本医師会や各医学会の幹部の一部がそれに協力してきた医療安全調査委員会(仮称)の設置はもはや必要がなくなったと考えていらっしゃるようです。一時はいろいろな場所でそのように声をかけられ、あるいはそのような内容の反論を受けることがありました。そして、いまや話題にも上りません。

 ただし、行政の推進のために刑事罰を脅しとして用いるという手法は、厚生労働省では日常的に用いられ、もはや珍しくもなく、そして未だに放棄されていません。行政改革の一環として事前規制型行政から事後チェック型行政への転換が進められ、厚生労働省にあってはそれが刑事罰を使って現場を締め上げるという方法論にすり替わっています。

 また、最近はマスコミも何かといえば医師法、医療法等を盾に、医療機関や医療従事者に迫ってきます。

 その流れの中で前記三つの事件は、医師あるいは医療の専門家や厚生労働省の担当者と密接な連携を取りつつ事件に臨んだ検察官達が、三件のいずれでもその法的評価を裁判所によって否定されたという意味で画期的であり、確かに診療に関連する死亡が無闇に刑事立件される危険は低下したと現場で感じられたとしても無理はないように思います。

 しかし、策源が消えたわけでも、政策手法として放棄されたわけでもないことに注意が必要です。

 その意味で、今年の第109回日本外科学会定期学術集会(福岡市)において4月4日午前に開催された特別企画「医療事故への対応―医療安全調査委員会への期待―」での法務省刑事局刑事課長・落合義和氏の発言には注目すべきものがありました。満場の外科医を前にして、氏は医療安全調査委員会(仮称)の設置によって法廷での「鑑定合戦を避けることができる」ことを期待していることを明らかにされました。

 刑事訴訟であっても民事訴訟と同様に、各々の医療事故で業務上過失致死相当を主張する医師あるいは医療の専門家が必ず存在するという事実がこの発言の背景にあります。

 また、医療事故での業務上過失致死罪については特に、「因果関係の立証の段階でも、また注意義務の予見可能性・回避可能性の判断でも、医学的知識に基づく判断がなければできない」として、その通常の過失犯と比べたときの特殊性を丁寧に説明されました。

 そして同時に、会場からの質問に答えるという形で、医療安全調査委員会(仮称)では、独占禁止法に於いてその告発がないと検察官が起訴することができず(同法第九十六条)、また、強力な捜査の権限(同法第12章第百一条~第百十八条)を付与されている「公正取引委員会と同様の仕組みにすることは難しい」と明言されています。

 そしてその理由を逐一述べられた上で、では公取委と同様の仕組みにするための条件として、「医療事故とは何かという定義規定」「被害者側の告訴・告発権を奪うことになる…この点に関する国民の理解」「委員長が国会に対して責任を負う仕組み」の三つを挙げられました。(落合義和氏の発言の詳細については、m3.com編集長の橋本佳子氏による詳細なレポートから引用させていただいております。ご参照下さい。)

 以下、ご発言についての個人的感想と私見を書かせていただくことをお許し下さい。

 鑑定合戦についてのご発言は、あるいは、法廷では検察官の関与できないところで医療の評価について鑑定人同士の争いがあるという現実に対しての、医師あるいは医療の専門家に対する苦情の気持ちが含まれたご発言かも知れません。

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